第15話 再び動き出した時間

 ネイトが胸を張って言う。

「あなた達、私を誰だと思っているのかしら?」


「……食い意地の張った女神様……イテッ!」

 イピディアがそう言った途端、スパァンッと音がして彼女のおでこが赤くなった。


「女神様は合ってる。でも一言余計よ」

 ネイトが裏拳を浴びせた右手の指先をフッと吹きながら言う。


「だってコルブロが持って来てくれたパエリア、気を利かして結局8人分だったのに3人分食べたじゃないですか……」

「美味しいのがいけないのよ。そうじゃなくて、私が神の一員だってことが言いたかったの」


 そう言うと彼女は部屋を見回し、掛け時計を見つけて言った。


「ちょっと来てくれるかしら、ヘフ。東の国、日本っていう所の政令指定都市のくせに猪も狸も熊も出る京都市左京区!」

「だいぶ失礼ですね……否定出来ないけど」


 暫くすると、リビングの掛け時計の文字盤がぐにゃりと歪み、エプロン姿の古代エジプト神、ヘフが姿を現した。


「……何の用だネイト。俺は今、コロッケを揚げている最中なのだが……火元を一旦消して来てやったんだぞ」


「もう何も驚かない自分がいる」

 コルブロが言う。


「初めましてようこそ。家庭的なんですね。どちら様なのですか?このシェフは……」

 イピディアが聞く。


「『時の神』ヘフよ。最近はコロッケ作りにハマっているわ」

 ネイトが紹介した。


「油の温度は大体170℃から180℃が適温だ。今日は淡路島産の玉ねぎと近江牛の挽肉とじゃがいもは北海道の『インカのめざめ』を使った。パン粉は食パンを細くすりおろしたんだぞ。食べるのが楽しみだから手短に頼む」

 ヘフが腕を組んで言う。


「地味に日本の食材使ってるのね。通なのね。持って来てくれても良かったのよ」

「美味しそうですね」

「コロッケって何?」


 皆が口々に言う。


「この人数分はない……取り合いになるだろ?」

 ヘフは困ったように言う。


「古代エジプト神、地味に皆んな優しいな」

 コルブロが言った。


「この3人の人間の身体の時間が3500年前から止まっているの。原因は分かったし、3500年ぶりにやっと3人が揃ったのよ。身体の時間を動かしてあげてくれるかしら……」


「お安い御用だ。皆、背中を向けろ」

「?」


 ヘフは背中を向けた3人に何やらゴソゴソしていたが、やがて顔を上げて言った。

「よし、魂のゼンマイを巻いた。これで後60年程度だな。せいぜい人生を楽しむといい……」


「魂のゼンマイ?これからちゃんと老けて死ねるって事ですか?」

 イピディアが聞く。


「そうだ。どうやらお前達3人には神の力が……」

 その時ネイトがゲフンゲフンと咳払いをした。


「……と、では俺は油の温度が下がり切ってしまうから帰るとしよう」

「ありがとう、ヘフ」


 ネイトが礼を言うと、時の神、ヘフは帰って行った。


 コルブロが自分の手を眺めながら呟く。

「なんか凄くあっさりしてるな……本当に老けるようになったのかな」


「大丈夫よ。その内シワもシミも白髪も出てくるし、太ってお肌もダルンダルンにたるんで来るわ」

「ちょっと嫌ですそれは……」

 イピディアが言った。


「でも、そうか、そうね。これで人生を楽しむ意味が分かって来た気がする」

「どうして?」

 イピディアの言葉にミラが不思議そうに聞く。


「限りある命の方が1日1日を大事にする事が出来るって事よ」

「ふうん……」

「まずはミラ、私とこの国を回ってみようか。それから世界のいろんな場所……沢山見せたい風景があるよ」

「お仕事は?」


「ワオンモールで週3で占い師をやっている。それから3日に一度ぐらい配信してスパチャを稼いでいる。そうだな、可愛いミラが一緒に出てくれたら登録者数がアップするかもな」

「なんか分からないけどやってみたい」


「俺はそろそろ帰るよ。勉強もあるし、明日もシフトが入ってるし」

 コルブロが立ち上がって言う。


「分かった。また引越しの日時が決まったら教えてくれ」

 イピディアとミラも立ち上がって彼を玄関まで送る。


 靴を履いたコルブロが振り返って言った。

「じゃあな。俺はペザーラで、お前はワオンモールで。共に生きよう」

「どこかで聞いた台詞回しだな。これから一緒に住むくせに」

 イピディアが言った。


「もう死なない身体じゃないんだから、事故に気を付けてね」

「ミラは優しいな」

 そう言うとコルブロは彼女の頭を撫で、帰って行った。



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