残骸

ぴぴ之沢ぴぴノ介

残骸

 思考がバラバラになっていく。散り散りになったそれを空にぶん投げて放り投げて溶かしたい。濁った曇り空と一緒にかき混ぜたい。それほど遠くに見えるならば、きっと、星空みたいなのだろう。私はそれを見ていたい。それを指差す毎に綺麗だねと言っていたい。隣に君が居たならきっと同じく愉しんでくれる。

 もう君は居ないのにそんなことを考えた。バラバラになったのは、私の思考などではない。君だ。大量の鮮血をその体が放っていた。君の分の走馬灯が私の脳に垂れ流れて自動再生される儘、ゆっくり、じっくりと君の命が終わっていった。




 残骸だけが残る。

 そんな幻覚が見えている。君の残骸。ぐちゃぐちゃになって、おおよそどの生物か予想することもできないはずの物体。本当にここで死んだのかも定かではないのに何故かここで幻覚を見続けている。終末のような景色は阿呆みたいな平和的世界へと塗り替えられ、その中で一つ、君の残骸だけが変わらず、変わり果てた街の一部に放置されている。

 私はここで君と会話する。他愛のない話。死んだ時の話。過去の話。

「君はいつ、消えるの」

「消えてほしい?」

「消えることが私にとって世界にとって正しい」

「また『正しい』ことに拘るんだ」

「……」

「苦しいね。ずっと、胸が、痛いんだね」

「君がいなくなったせいだよ。否、君が居たせいだよ」

 君が居なければ私はこんな病に冒されなくて済んだ。まあ、すべて幻覚、妄想なのだけれど。




 もうこんなの終末だと言われたがその一週間後、一ヶ月後にはまた新たな文化が咲いて街が出来ていた。そんな目出度く暢気な街で私は目的を持たず歩き続けている。散歩と言えば聞こえは良いが、これは徘徊と言うものだ。不審者がする行動の一つである。すれ違う人々は小さな生命、枯れ果てるはずの生命様々な暖かいものを手にしている。大切に、大切に、握り締めている。私の手には銃が離れた今、何も無い。君が居た景色は例え誰かから灰色に見えたとしても私にとって何よりも鮮明であった。踏み締めた土も、触れた鉄塊も、服の色も、やっとありつけた食事も、夜戦の最中思わず見惚れそうになった満天の星空も、それを邪魔する血飛沫も。何もかもが判った。今の景色は目が痛くなる。判り過ぎる。

「此処だけ」

「ん?」

「此処だけ、見易い」

「あぁ、戦場と似てるって?」

「うん。幻覚だから?」

「俺に訊いたってお前の都合の良い事しか返せないんじゃないか?」

「……うん」

「お前もさ、早くこんなの辞めろよ。街行く人が見れば壁に向かって独り言をする不審者だ。通報されても可笑しくないぞ」

「本当に君が死ぬのに」

「お前の幸せの方が大事だよ。目の前で死んで悪かったがそれは戦場じゃ当たり前なんだ。幸運にも生き残ったお前は幸せになる権利と義務がある」

「義務」

「そ、義務」

 君の残骸が消えたならその時私はまた新たな幸せとやらを手に入れているのだろうか。大切に、大切に、握り締めているのだろうか。そんなの、赦さない。私は君と幸せになるから。恋人なんかじゃない。ただお互い唯一の仲で在りたい。私に他の仲など、必要無い。

 今回の対話でもうそう永くないと悟った私は家に戻り、棚の奥底に隠していた手榴弾を取り出す。兵士だった私でも今は所持を禁じられているがそんなことはどうだって良い。また、君に会いに行く。脇目も振らず再度いつもの場所に急ぐ。途中、振りかかった隣人の挨拶に何と返したか覚えていない。もう全て終わるから、君だけで頭を、いっぱいにしたい。

 君の目の前で爆弾のピンを抜く。一つで足りるだろうか。そんなことを考える暇もなく思考が、途切れ、て、い、く。




 あぁ、私はバラバラになれなかったけれど、一緒に星になれるかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

残骸 ぴぴ之沢ぴぴノ介 @pipiNozw_pipiNosk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ