サブリミナル・グローリー ―この世界は、美しさに殺される―

雪印

桜の花びらが舞い踊る。

春の柔らかな日差しが、体育館を暖かく包み込む。

そんな中に、凛とした声が響き渡る。


「これより、私立アステリズム芸能学校・東京校、1学期の始業式を行います。」


生徒たちが一斉に立ち上がる。真っ赤な日の丸の旗に向けて、全員が礼をする。

そのまま司会役の人物が告げる。


「生徒代表による、学生の誓い。代表、2年1組。真神司まかみつかさ。」

「はい。」


呼ばれた生徒は、険しい面持ちで講壇の前まで進む。一歩一歩、その足取りは力強い。

講壇の前で立ち止まり、正面に向き直る。右手を真っ直ぐ、高く挙げ、息を吸う。


「宣誓!我々、男子生徒一同は!かつて虐げられてきた女性たちを護るため、女性たちに背負わされてきた役割を全て担い、女性たちが安心して暮らせるよう、また、女性たちが安心して暮らせる社会を構築するためにあらゆる努力を惜しまないことを、誓います!20nn年、4月2日!生徒代表、2年1組!真神司!」


用意された原稿を諳んじただけ。何もこもっていない言葉を、さも重大なように叫んだだけ。それだけで、この式は神聖さを帯びた。


「続きまして、校長先生から、新学期に向けてのお言葉。生徒一同、起立、礼!」

形式ばったお辞儀は、この学校内での彼らの立場を端的に表していた。


「あー、諸君。いよいよ新学期。君たちは昨年とまた違った振る舞いを求められることだろう……」


ひそひそと話声が漂い始める。

「話なげー……ねむ。」

「寝ちゃだめだよ、司。背中叩こっか?」

「やめろって。いろいろとバレるわ。」

「さっきの、かっこよかったよ~?」

「暗記しただけだって。」


「君たちの存在は、この世界の女性たちにとって救いに他ならない。この国の未来を担う君たちが、1年間どのような表情を見せてくれるのか、楽しみにしておるよ。以上。」


そうして格調を失った式は終わり、生徒たちは教室へ戻っていく。


「よっす~」

「お、白波しろなみ。今年も一緒のクラス?」

「そ。ここ3人は同じだったぜ。始業式前にクラス割り見てきた。」

「ってことは、他のメンツも同じやつばっかか。なんかつまんねえな。」

「えー?俺は良いと思うけどなあ。また3人で一緒にお弁当食べられるもん。」

「あとなんだっけ?仲良しグループはそのまんまにしとく、みたいなやつ。」

「ハコ売り、な。方針は分かるけど、なんかなあ……」

「なんか、って何だよ。」

「今年から本格的に芸能活動も始まるだろ。俺と、白波と、勇治ゆうじ。もしかしたら、一緒に弁当食えるのも今のうちかもよ。」

「あーそれは、有り得そうだよな。」

「でも、まだ学生だよ?俺ら。芸能事務所と直結だからって、そんな簡単にいくもんなの?」


「バーカ。人手不足なのは芸能界だけじゃないらしいぞ。」

司はあくび交じりに言った。


あのゲームの炎上から始まった女性表現への規制論。SNS上の騒動は現実にまで広がり、GWG――「Guard of Women and Girls」と名乗る運動団体が台頭した。


さらに拍車をかけたのが、AIプログラム「Viragoヴィルゴ」のCMだった。

"どんな女性でも、自動でモザイクをかけられる安心設計"。そんな触れ込みで、TVやネットに流れた映像は、多くの人に「女性を映さない」ことの正当性を刷り込んでいった。


今ではもう、女性を使った表現そのものが規制されている。

それどころか、女性が本来担ってきた仕事すら、男性が代替する時代がやってきた。


「ま、俺らが"女の代わり"ってことだよな。」

白波が口の端で笑う。

「代わり、ってか……替え玉、みたいなもんかもな。」

司は曖昧に答えた。


こうして男たちは育成され、売られ、消費される側になった。少なくとも、ここ"私立アステリズム芸能学校"では、それが日常だった。

かつて「女性がさせられていた」とされた消費構造の真逆転。

その中で生きる男子たちは、何を思い、何を見て、どこに行くのか――


---


始業式から時間が経ち、桜色はすっかり青々とした深緑に色を変える。

柔らかな陽射しも、少しずつギラギラと肌を刺すような鋭さを帯びていく。

そんな中、青い顔をして廊下を歩く男がいた。


「あ、いた……ねー、白波、司~。ちょっと、いい?」

「勇治、遅かったな?」

「また成績悪くて説教か~?」

「アハハ……あ、あのさ。2人とも……ちょっと相談、なんだけど。」

「あ?相談?」

「次の仕事、さ。……あの、下着モデルで……」

「あ〜……」

「お前この前も下着モデルやってたことない?」

「この間のはちゃんとした下着だったじゃん。ちゃんとボクサーパンツだったからよかったんだけど。」

「良かったけど、なに?今度はどんなんやらされるんですかあ?」

「それがさ……2人とも、『シングレット』って、知ってる?」

「シングレット?」

「先生から言われたんだよ。次やるやつだって。でもシングレットって調べてもなんかよく分からんくて。」

返事するが早いか、白波はスマホで調べ始める。しばらくして、スマホを手に白波が吹き出した。

「ぶふっ……!」

「うわなに!?」

「いやこれ……司、これスゴイよ。マジ。見てみ。」

白波のスマホには勇治がモデルを担当した下着メーカーが過去に出した同型のウェアが表示されている。その写真は、股間や筋肉が強調されている様子だった。

「いや、これ……え~スゴっ。お前これ敢えて知らずにいったほうがいいんじゃねえの?」

「え〜なになに?そ、そんなキワドいの……?」

「いやキワドいっていうか……」

「キワドくはないけど、こう、フェチな感じ?」

「あ〜それそれ」

「あとまあ、マトモなトレーニングウェアではないから。これは。ドンマイ。」

「えぇ〜〜……?」


撮影は順調に進む。もともとの体格が良いことに加え、勇治はこのウェアを見ても、特に驚かなかったのだ。

「え、そんな気にするほどキワドくは、ない、ですね~。」

「そうですねー、でも着てみると、筋肉がよく目立つようになっていて……」

「ちょっとピチッとしてて……あ、生地、きもちいいですねー。」

「拘り抜いた生地ですよ。肉体を引き立ててくれること請け合いです。」


そうして勇治の肉体を余すことなく納めた写真は、惜しげもなく広告としてSNSに投稿される。

「え!?誰このモデル!?」

「むっちゃ良いじゃんコレ!絶対買うわ」

そして発売日。衝撃の報が走る。

勇治がモデルを担当したこのウェアは、なんと発売開始から5分で予定在庫分と追加分全ては売り切れてしまったのだ。

「ちょwwww5分で完売てwwwww」

「5分とか瞬殺すぎるwww絶対転売されるだろうなwww」

「おい運営!こうなること見越して在庫もっと用意しとけよ!!」

無名のモデルが、非常に小さい業界で起こした旋風。それはSNSという大きな空で、さらなる"バズ"を呼び起こした。

「なんか5分で完売した下着があるらしい」

「エッッッッッッッッ」

「これは5分保ったほうが奇跡なほう!w」

「【話題】ゲイ向け下着、新人モデル効果で5分で完売してしまうwwww」


その翌日。


「おはよ~……」

「お、5分の人だ。」

「5分の人おはよー。」

「ねえ2人までそういうこと言うのやめてよ……さっき廊下歩いてるときずっと言われてさ……俺関係ないでしょ……」

「いや……5分かどうかはともかく、モデルやったのはお前なんだからさ。」

「しばらく言われまくるぞ、5分。なんなら持ちネタ扱いかもな。」

「ええ~~~……最悪だよもう……」

そう言って勇治はプロテインドリンクを一気飲みしたのだった。


---


「はあい、カール、右、ほんの少しだけアゴ引いて~……あ、いい、そこ、完璧!」


カメラのシャッター音が連続して響く。

白ホリゾントの真ん中でポーズを取っていたのは、身長と体脂肪率のバランスが絶妙すぎるカール・Bブリトニー秋晴しゅうせい

その衣装は、微睡むようなパープルのシャツに黒のタイトスラックス。まるで湿度そのものをファッション化したようなスタイルだ。


撮影クルーの「OKです、休憩入りまーす。」の声がかかると同時に、秋晴は表情を崩さず、化粧直しのための小さな鏡とリップに手を伸ばした。


「おつかれさま~、カールくん。マジでその顔、CGじゃないんすねー。」

「……フン。誰の皮肉?」

そのやり取りの隙間に、フラッと入ってきたのが司だった。

「なんかやってんのー?雨止んでるし帰ろっかなと思ったけど、廊下でカール様撮影中って張り紙見つけたから寄ってみた。」


秋晴が鏡越しに、司のほうを見る。視線はまるで殺菌用のUVライト。

「は? なんであんたがここに?」

「え、ダメだった?見るだけだよ。邪魔はしないって。」

「"見るだけ"ってのが一番うざいんだよ。目に映るだけで、コンセプト崩れる。」

司は言葉の意味を1秒ほど考えてから、ニコニコしたまま首を傾げる。

「えー?俺が映るだけでコンセプト崩れるの?強くない?」

「皮肉じゃない。あんたみたいな……何も背負ってない顔、見てるだけでこっちがバカみたいじゃん。」

司の表情が一瞬だけ止まった。

けれどすぐに「そっかあ」と、ぬるい返事を返す。


「でも秋晴くんって、ずっと努力してるじゃん?俺それ、すげえって思ってたけどな。」

「……やめて。そういう軽口、聞くだけで体脂肪率上がりそう。」

秋晴は立ち上がる。照明に当たった頬骨が、ナイフみたいに尖って見える。


「努力ってのは、誰にも気づかれないことまで管理すること。気づかれる努力なんて、甘えだから。」

司は黙ってそれを見ていた。

「……じゃ、俺は甘えてるな。」

「自覚があるだけマシ。でも、それだけ。売れるには、もっと自分を削らなきゃね。」

秋晴はそう言って、鏡の前に戻る。リップの輪郭を微調整しながら、声だけで続けた。

「あと、カメラの前ではその無邪気っぽさ、捨てた方がいい。ウケるかもしれないけど、賞味期限短いから。」

司はゆっくりスタジオの外に出ながら、肩をすくめた。

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