第2話 仁義なき異世界抗争!

爆裂姐御、アークに君臨!


カグヤの爆裂魔法は、まさに一発逆転の切り札だった。あの日の爆発以来、マフィアの二大派閥は壊滅状態に陥った。残された者たちは、自分たちのボスが瞬く間に吹き飛ばされた光景を目の当たりにし、カグヤの圧倒的な力にひれ伏した。彼らは、これまでの抗争を忘れ、こぞってカグヤの元へと集まってきた。

「姐御、これからどうしましょうか!」

「姐御!俺たちをどうか使ってください!」

血気盛んだったマフィアの男たちが、今や子犬のようにカグヤの周りに群がる。カグヤは、彼らの様子を冷めた目で見つめながら、ニヤリと笑った。

「そうだな……。まずは、この街のゴミを掃除することから始めるか」

彼女の言葉は、裏通りにいる全員に響き渡った。彼女は、力ずくで、しかし明確な意思を持って、このアーク・ディストピアの裏通りを支配下に置いた。街の復旧作業の中で、この世界独特の建築技術や素材が使われる様子が垣間見え、倒壊した建物の基礎部分には、見たことのない奇妙な合金が使われていた。都市によって異なる形で、そういった技術が発達しているのだろう。人々は疲弊しながらも、カグヤの指示に従い、瓦礫を片付け、崩れた壁を修復していく。

カグヤは、そのカリスマ性で、瞬く間に彼らの心を掴んだ。彼女は、時に厳しく、時に優しく、そして常にユーモアを交えながら、彼らを統率した。彼女の言葉は、まるで魔法のように、彼らの間にあった対立を溶かし、新たな連帯感を生み出していった。

「姐御」「姉ちゃん」「爆姉(バクねえ)」──。

彼女は、様々な呼び名で呼ばれるようになった。特に「爆姉」という呼び名は、彼女の代名詞となり、街の誰もがその名を口にするようになった。カグヤは、マフィアの抗争で疲弊していた街に、新たな風を吹き込んだのだ。人々が魔物によってどれだけ苦しめられているか、その具体的な被害の様子が、彼らの会話や荒廃した街の情景から痛いほど伝わってきた。カグヤは、彼らの苦しみを目の当たりにし、この街を変えたいという思いを強くした。

ある日の夜、裏通りの酒場で、カグヤは子分たちに囲まれていた。埃っぽい土の匂いと、安酒の匂いが混じり合う独特の空間で、彼らはカグヤを崇めるように見つめている。

「姐御、何飲みます?」

一人の子分が、遠慮がちに尋ねた。カグヤは、不敵な笑みを浮かべ、カウンターに肘をついた。

「火薬酒ダブルで。チェイサーは爆竹。」

その言葉に、酒場にいた全員が固まる。

「え、爆竹ですか!?」

子分が慌てて聞き返すと、カグヤは面白そうに笑った。

「ああ、爆竹だ。口の中で弾ける刺激が、アタシの魂を震わせるんだよ。爆発は芸術だからな」

子分たちは顔を見合わせ、苦笑いするしかなかった。常識破りのカグヤの言動は、もはや彼らにとって日常風景となっていた。彼女のユニークなセリフ回しは、周囲の状況に独特のコミカルな言い回しや、畳みかけるような勢いを与えていた。カグヤは、グラスの中の火薬酒をゆっくりと傾けながら、このアーク・ディストピアでの自分の未来に思いを馳せていた。


ナナ&カズマとの出会い

カグヤが教会に到着した時、そこはすでに騒乱の渦中にあった。石造りの重厚な扉は破壊され、内部からは剣戟の音と、悲鳴が響き渡っている。埃っぽい空気と、血生臭い匂いが入り混じり、周囲の状況を五感で感じ取れるほどに、その場は緊迫していた。どうやら、教会の人間が何者かに襲撃されているようだ。

「おいおい、退屈してる暇もなかったってわけか」

カグヤはニヤリと笑い、ためらうことなく教会へと足を踏み入れた。内部は、かつての神聖な雰囲気を失い、血と破壊に彩られていた。騎士らしき集団が、教会関係者であろう人々を追い詰めている。金属がぶつかり合う甲高い音と、魔法の詠唱が飛び交う中、カグヤは標的を見定めた。

「ったく、邪魔ばっかりしやがって!」

カグヤは、騎士たちの一団に向かって、容赦なく爆裂魔法を放った。《爆裂(エクスプロージョン)!!》轟音と共に騎士たちが吹き飛ばされ、一瞬にしてその場は静寂に包まれた。焦げ付いた土の匂いが、その場の混沌を物語っている。

その爆発の煙が晴れると、カグヤの目に飛び込んできたのは、一人の少女だった。白を基調とした神官服は血で汚れ、その手には短剣が握られている。彼女は、騎士たちから身を隠すように柱の影にいたが、カグヤの爆裂魔法によって窮地を脱したようだった。その瞳は、まるで深い森の奥底のような色をしていたが、同時に、鋭い光を宿していた。

「あ、あなたは……!?」

少女は驚いたようにカグヤを見上げた。その声は震えていたが、その奥には強い意志を感じさせた。彼女こそが、聖女ナナ=アイゼルだった。しかし、ナナはただの聖女ではなかった。彼女は毒殺に長けた暗殺聖女であり、実は教会に裏切られ、追われる身となっていたのだ。

その時、もう一人、奇妙な男が物陰から現れた。その男は、チャラチャラとした服装に身を包み、手にしているのはなぜかバラの花束だ。

「おや、そこのお嬢さん。こんなところで一人かい?僕と一緒に、夜の街へ繰り出さない?」

彼は、戦闘が終わったばかりの血生臭い状況にもかかわらず、ナナにナンパを仕掛けていた。ナナは、冷たい目で彼を一瞥すると、手にした短剣を突きつけた。

「近づかないで」

男は、バラの花束を落とし、がっくりと肩を落とした。彼こそが、勇者カズマだった。しかし、彼は「ナンパに失敗し続ける軽薄勇者」という肩書きとは裏腹に、実は失恋から立ち直れず、「女心勉強中」なガチ恋男子だった。

「ちくしょう、また失敗か……」

カズマは、項垂れながら呟いた。カグヤは、そんな二人の様子を面白そうに眺めていた。ナナの、内に秘めた心情や葛藤が垣間見え、カズマの行動の裏にある赤裸々な心情や欲望も深く掘り下げて描かれる予感がした。

「あんたたち、何やってんだい?」

カグヤが声をかけると、ナナは警戒心を露わにしながら、カズマは情けない顔で、それぞれカグヤを見た。ナナは、カグヤの爆裂魔法が自分を救ったことを理解していたが、同時に、その圧倒的な力への警戒心も抱いていた。彼女の内面的な葛藤が、その表情に現れている。

「私はナナ。この教会に仕える聖女……でした。あなたに助けられました。感謝します」

ナナはそう言って、深く頭を下げた。その言葉に、偽りのない感謝の念が込められているのがカグヤには分かった。

一方、カズマは、カグヤの姿を見るなり、そのナンパ癖が発動した。

「おや、そこのお姉さん。まさか、今の爆発を起こしたのは君かい?こんなところで会えるなんて、運命かな?」

カグヤは、呆れたような視線を彼に向けた。

「あんた、学習能力ってもんがないのかい?それとも、生粋の馬鹿か?」

カズマは、カグヤの辛辣な言葉にもめげず、バラの花束を拾い上げて再び差し出した。

「いやいや、これは僕の使命みたいなもんでね。女心ってやつを勉強してるんだ」

その言葉に、ナナが冷たい視線を向けた。

「女心を勉強するなら、まずは相手の気持ちを考えるべきですわ。この状況でナンパとは……」

カグヤは、ナナとカズマの間に流れる奇妙な空気を面白そうに感じていた。この二人、何かある。彼女の直感がそう告げていた。

「ま、いいさ。とりあえず、ここじゃ話もできないだろ。場所を変えるぞ」

カグヤはそう言って、二人を促した。ナナは、警戒しながらもカグヤの言葉に従い、カズマは、カグヤとナナという二人の女性に囲まれている状況に、内心ニヤニヤしながらついて行った。


神政軍の追跡、アナヒメの覚醒

崩れかけた廃ビルが立ち並ぶ地区で、カグヤたちはギャング団と対峙していた。彼らは以前カグヤが平定したマフィアとは異なり、より凶暴で、より組織だった動きを見せていた。金属が打ち合う激しい音、銃声、そして魔法の詠唱が飛び交い、戦闘は瞬く間に苛烈を極めた。

「ったく、しつこい連中だな!」

カグヤは叫びながら、次々とギャングたちを吹き飛ばしていく。彼女の爆裂魔法は健在で、当たった場所は瞬く間にクレーターと化す。しかし、ギャングの数は多く、次から次へと襲いかかってくる。

ナナは、その俊敏な動きで敵の懐に潜り込み、手にした短剣に毒を塗って、正確に急所を突いていた。彼女の動きは洗練されており、無駄がない。

「っ、この程度で私を止められるとでも!?」

ナナは、教会に裏切られた過去を持つ暗殺聖女としての、研ぎ澄まされた能力を遺憾なく発揮していた。彼女の瞳には、かつての聖女としての清らかさと、暗殺者としての冷酷さが複雑に混じり合っていた。

一方、カズマは、相変わらずナンパを試みながらも、意外なほど器用に敵をいなしていた。

「お嬢ちゃんたち、こんなところで何してるの?僕と一緒にお茶でもどうかな?」

彼の軽薄なセリフは、ギャングたちの怒りを買い、集中砲火を浴びる原因となっていたが、持ち前の素早さと、どこか幸運に恵まれたような身のこなしで、攻撃をかわし続けていた。

しかし、戦いは予想以上に長引いた。疲労が蓄積し、カグヤの魔法の威力も徐々に落ち始める。その時、一人のギャングが、背後からナナに襲いかかった。

「ナナ!」

カグヤは叫び、間一髪で爆裂魔法を放とうとしたが、間に合わない。ギャングの振り上げた鈍器が、ナナの頭上へと振り下ろされる。その瞬間、カグヤの“心”が強く揺れた。大切な仲間を守れないかもしれないという、焦燥と絶望にも似た感情が、彼女の心臓を締め付けた。

その時だった。カグヤの全身から、漆黒のオーラが噴き出した。それは、あの「禁呪書:アナヒメの心臓」から感じた禍々しいオーラと瓜二つだ。彼女の瞳は、まるで深淵のような闇を湛え、口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

「混沌に祝福されしこの身…貴様らの自由、私が破壊してやろう」

その声は、カグヤの声とは似て非なる、冷たく、そして威圧的な響きを持っていた。それは、彼女の中に眠っていた第二の人格、アナヒメの覚醒だった。

アナヒメは、手を天に掲げた。すると、都市の空気が歪み始め、巨大な魔力の渦が彼女の掌に集まっていく。ウーゴとバイがいない中で、ナナとカズマは、その圧倒的な力にただ呆然とするしかなかった。

「な、なんだこれは……!?」

ナナが息を呑んだ。カズマも、その軽薄な表情から色が消え失せ、恐怖に顔を引きつらせている。

「ぐっ……一体何が起きた!?」

アナヒメの咆哮と共に、集められた魔力が解き放たれた。それは、カグヤの爆裂魔法とは比較にならない、まさに「町一帯」を吹き飛ばすほどの、規格外の破壊力だった。轟音と閃光が、この都市を揺るがし、ギャングたちはもちろん、その場にあったビル群すらも、瞬く間に瓦礫の山と化した。

焦げ付いた土の匂いが、新たな、そしてより大規模な破壊の痕跡を残していた。クレーターとなった都市の一角には、ただアナヒメが悠然と立っている。

その頃、異世界アーク・ディストピアの遥か上空に浮かぶ、白銀の艦隊がその異変を察知した。それは、この世界の秩序を司る絶対的な存在、神政軍の艦隊だった。

「報告!アーク・ディストピアの都市部にて、大規模な魔力反応を確認!これは……禁呪の兆候か!?」

「直ちに部隊を出動させよ!何者か知らんが、これ以上の秩序の破壊は許さん!」

神政軍の司令官の声が響き渡り、無数の戦闘艇が、光の軌跡を残しながら、この異世界の地上へと降下していく。


指名手配、裏社会へ

町の一帯が吹き飛び、焦げ付いた土の匂いが立ち込める中、カグヤはゆっくりと意識を取り戻した。全身を駆け巡る激しい疲労感に、ずきずきと頭が痛む。目の前には、あの「禁呪書:アナヒメの心臓」が開かれたまま、静かに横たわっていた。

「ったく……やりすぎたな、アタシ」

彼女の口から漏れたのは、呆れと、どこか自嘲にも似た呟きだった。横を見ると、気を失っていたナナとカズマが、そのあまりの破壊の光景に呆然と立ち尽くしている。彼らの顔は青ざめ、その瞳には恐怖の色が浮かんでいた。

「姉御……今の、一体……」

ナナが震える声で尋ねた。カズマも、先ほどの軽薄な態度はどこへやら、引きつった顔でカグヤを見つめている。カグヤは、自身の中に眠る、もう一つの「何か」の存在をはっきりと自覚していた。あれが、アナヒメ……。それは、彼女の奥底に潜む、制御不能な混沌の力。しかし、同時に、彼女を追い詰める者たちへの、最強の切り札となり得る存在でもあった。彼女の内面的な葛藤が、その表情に深く刻まれる。

その時だった。空を切り裂くような轟音が響き渡る。白い光の筋が降り注ぎ、無数の戦闘艇が地上に降り立つのが見えた。

「神政軍だ……!」

ナナが顔色を変えて呟いた。神政軍の兵士たちは、純白の装甲に身を包み、この異世界アーク・ディストピアにおいて、絶対的な秩序の番人として君臨している。彼らは、破壊された都市の一帯を目の当たりにし、その場で迅速に状況を分析し始めた。

「大規模な魔力反応、都市の一区画が完全に消滅……これは、禁呪使用によるものと断定!世界秩序を乱す存在を確認!」

拡声器を通したような声が響き渡り、空に巨大な映像が投影される。そこに映し出されたのは、カグヤの顔だった。

「指名手配:カグヤ。世界秩序を乱す危険人物。発見次第、捕縛、あるいは討伐を許可する」

その言葉に、カグヤは思わず苦笑した。

「まじかよ。盛大にやらかしたな、アタシ」

しかし、その瞳の奥には、恐怖よりも、むしろ挑戦的な光が宿っていた。追われる身となることは、彼女にとって初めてのことではない。故郷を追われ、盗賊団の姉御として成り上がった彼女には、逆境を跳ね返すだけの経験と、強靭な精神力があった。

「姐御、どうするんですか!このままだと捕まりますぜ!」

カズマが慌てて叫んだ。ナナも、冷静ながらも焦りの表情を見せている。

カグヤは、ふと、この都市の裏通りを思い出した。マフィアを平定し、住民たちから「爆裂姐御」と崇められたあの場所。秩序の外にこそ、自由がある。そう、直感的に悟った。

「決まってるだろ。こんな表舞台で踊らされるのは性に合わない。アタシは、アタシのやり方でこの世界を『しつける』。行くぞ、お前ら!」

彼女はそう言って、破壊された都市の奥、光が届かない闇へと続く細い路地を指差した。そこは、この異世界アーク・ディストピアにおける、真の裏社会の入り口だった。

漂う微かな土の匂いと、下水道から立ち上る淀んだ水の匂いが混じり合った、独特の湿った空気が肌を包む。路地の奥へと進むにつれて、人々のざわめきは遠ざかり、代わりに、怪しげな酒場の喧騒や、薬物の匂い、そして裏取引を行う者の囁きが聞こえてくる。壁には、この世界の裏社会特有の記号や落書きがびっしりと描かれ、それが闇に生きる人々の生活習慣や文化を物語っていた。

「ここが……裏社会の奥か」

ナナが呟いた。その声には、微かな緊張と、新たな環境への好奇心が入り混じっていた。カズマは、バラの花束を握りしめながら、周囲をきょろきょろと見回している。

カグヤは、そんな二人の様子をちらりと見た。彼女は、この異世界で出会った、大切な仲間たちだ。彼らと共に、秩序の外で生きる。その決意が、カグヤの心に新たな炎を灯した。

「ここからが、本番だ。アタシたちの自由は、誰にも邪魔させない」

闇の奥へと足を踏み入れたカグヤの背中に、彼女の「自由」への強い執着と、社会の矛盾を打ち破ろうとする決意が滲み出ていた。


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