最終話

 しばらく時が経った後……

 白い霧の中を、いおりはひとり歩いていた。

 ここは死神たちの世界。遥か向こうには死神の同僚達の姿が小さく見える。


 彩香を見送ってから、どれほどの時が過ぎたのだろう。

 いおりは今も淡々と、他者の最期を記録する仕事をこなし終えてきた。


「……彩香、生きてるうちに会えたらよかったのにな……」


 ふと呟いたその瞬間――

 霧の向こうで、誰かの足音がした。

 懐かしい、やわらかな声が響く。


「ねえ、いおり。まだ泣いてるの?」


 息が止まる。

 霧の中から現れた少女は、かつてと同じ瞳で微笑んでいた。


「……彩香?」


 いおりの声が震える。

 彩香は頷き、静かに近づいてくる。

 その姿は、もう病に蝕まれていない。

 透明な衣をまとい、背には淡い光の羽が揺れていた。

「私、死神になったの。いおりとお揃い」

「……」

「あなたが、私の記録を残してくれたように……今度は、私が誰かの記録を見届ける番みたい」


 彩香の手が、いおりの頬に触れる。

 その温もりは、確かに生前のままだった。


「死神になって、いつかまた会えるって信じてた」


 いおりは笑い、涙をこぼした。

 彩香も同じように微笑む。


「これからは、一緒にいられるね」


 ふたりは静かに手を重ねた。

 白い霧の向こう、無数の光が揺れている。

 それは、数えきれない“記憶”たちの輝きだった。


 「ねえ、いおり」

 彩香がふと口を開く。

 「もし私たちが、死ぬ前に出会っていたら……恋人になれたのかな?」


 その言葉に、いおりは目を細めた。

 遠い過去、同じような約束を交わした記憶が蘇る。

 あの日、病室で。

 “君の記憶を残してほしい”と願った少女の声。

 

 いおりは綾香をそっと抱きしめた。

「ふえっ…!」

「……私達だけの、恋人として紡ぐ物語はこれから始まる。そう、彩香、これからはずっと一緒だよ!」


                        完

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君の記録が、終わるまで 諏訪彼方 @suwakanata

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