光を求めて

@kotuponn

第1話 生きる!

激しい雨が大地を叩きつけ、雷鳴が轟く。


奴隷商の一行は、無理に馬車を進ませていた。

幼い子供たち50名近くが、何台もの荷車に押し込まれ、両手両足を縄で縛られている。

雨が降りしきる中、彼らの顔に泥が飛び散り、冷たい水が容赦なく降り注ぐ。


シマは、隣に押し込まれている妹・メグの小さな体を庇おうとするが、自分自身も満足に動けず、ただ震えることしかできなかった。


メグのか細い体が、冷たさと恐怖に震えているのが伝わる。

シマは悔しさに奥歯を噛み締めた。


「お兄ちゃん……こわい……」


メグの囁きに、シマは必死に笑顔を作ろうとしたが、それはうまくいかなかった。

「大丈夫だ、メグ。俺が守るから」


自分でも、その言葉が虚しいものに聞こえた。

助かる道など、どこにもない。

奴隷として売られれば、未来などないに等しいのだ。


荷車が揺れ、突然、大きな衝撃が走った。


奴隷商の男たちが慌てて叫ぶ。

「崩れるぞ! 早く進め!」


渓谷の脇を進んでいた隊列が、次の瞬間、大地ごと崩れ始めた。

激しい轟音と共に、馬車もろとも谷底へと落下していく。


シマはメグを抱き寄せ、必死に叫んだ。

「メグ!!」


次の瞬間、強烈な衝撃と共に意識が途切れた。


暗闇の中、シマはふと目を覚ました。

(……俺は……?)

自分が誰なのか、なぜここにいるのか、一瞬わからなくなる。


だが、ぼんやりとした意識の奥に、何かが湧き上がる。

見たことのない風景。聞きなれない言葉。

奇妙な機械と、鮮やかな光に満ちた世界。


——これは……俺の記憶?


懐かしさとも恐怖ともつかない感情が胸を締め付けた。

(俺は……50代で死んだ……日本……? なんだそれは……)


自分の名前も、家族も、何も思い出せない。

ただ、自分が別の世界で生きていたことだけは、確信できた。


だが、それが何の意味を持つのかは、まだ分からなかった——。



ずぶ濡れの地面に横たわったまま、シマは意識を取り戻した。両手両足を縛られたままの体で、ゆっくりと這いずり出る。

視界に広がるのは、死屍累々の惨状。

崩落に巻き込まれた奴隷商の一行は、ほとんどが無残な姿になっていた。


シマは、地面に転がる剣を見つけた。

必死に体を動かし、縄を擦りつけるようにして切り裂く。


自由になったシマの目に、次々と倒れた護衛たちの姿が映る。

その中には、まだ息のある者もいた。


助けを求める呻き声が聞こえる。


しかし——シマの瞳には、怒りと憎悪が宿っていた。

彼らは、シマやメグ、仲間たちに日常的に暴力を振るい、恐怖に陥れてきた男たちだった。


「助けてくれ……頼む……」


シマは無言で剣を振り下ろす。

叫び声がかき消え、静寂が戻る。


次々と、懇願する者たちを葬っていく。


最後に目に入ったのは、奴隷商人の男だった。

でっぷりと太ったその男は、馬車の下敷きになり、呻き声を上げていた。


シマは奴隷商人を睨みつける。

「おまえが……すべての元凶だ」

刃が振り下ろされる。血が飛び散り、呻き声が止んだ。


息を整えたシマは、妹や仲間たちの安否を確認するため、瓦礫の中を探し始めた。


メグは、衝撃で気絶していたが、幸いにも生きていた。


スラムで一緒に生活していた仲間——ザック、サーシャ、ジトー、クリフ、ミーナ、ケイトも、何とか無事だった。


だが、サラ(8歳女)とコッジ(6歳)はすでに息を引き取っていた。


シマは静かに目を閉じた。涙は出なかった。


これから先の未来を考えると、今、死んでよかったのかもしれないと自分自身に言い聞かせ。


——彼は、これからどう生きるべきかを考え始めた。


シマは、生き残った子供たちに向き直り、低く問いかけた。

「親に売られたのか、それともさらわれたのか?」


子供たちは口を開かない。

怯えた瞳を伏せ、互いに視線を交わすだけだった。


「もし、さらわれたのなら、ここに残れ。バリケードを作って救助を待てば、生き残る確率は高い」


沈黙が流れる。そして、誰かがぽつりと呟いた。

「……売られた……」


次々と、他の子供たちもぼそぼそと同じ言葉を繰り返す。

親に、売られた。


その言葉が重く響いた。

もはや、彼らを迎えに来る者はいない。


シマはそれを悟ると、深く息を吸い込んだ。

「亡くなった者たちから衣服を剥ぎ取れ。武器、食料、金目の物――持てるだけ持っていくぞ」


子供たちは戸惑ったようにシマを見つめた。


「雨が止めば、死肉を求めて獣がやってくる」

シマは鋭い視線を投げかけ、言い切った。

「ここを離れるぞ」


サーシャが不安げに口を開いた。

「シマ、ここから離れてどうするの?」


他の仲間たちも同意するように頷く。

「無暗に歩き回っても危険だろ?」


すると、一人の少女が前に出た。エイラ、元商人の娘だった。

「私たちはノーレム街から帝国領に行く途中だったわ。この崖沿いを西へ行けば川に出るはず。何日かかるかはわからないけどね」


シマは頷いた。

「それなら、その川を目指そう。まずは水を確保しないと話にならない」


そう言って歩き出そうとしたその時、オスカーが顔を歪めて座り込んだ。

「足が……痛い……歩けないよ……」


 転落の衝撃で足を痛めたらしい。


「…お前、名前は?」


「…オスカー…」


シマは周囲を見渡し、仲間たちに言った。

「かわる代わるでいい。オスカーを背負って進もう。」


仲間たちは頷き、交代で彼を背負いながら進むことになった。


歩き始めてしばらくすると、サーシャがシマをじっと見つめた。

「シマ、なんだか雰囲気が変わったわ」


他の仲間たちも同意するように口々に言う。


 「急に頼もしくなったな」

 「スラムにいた時と違う」


シマは何も言わず、ただ前を見据えた。

彼自身も気づいていた。何かが変わった。いや、変えなければならないと思った。


しばらく歩き続けると、次第に誰もが口数が少なくなっていった。

元から栄養失調気味の身体に、この雨の中の移動は厳しかった。


メグも限界が近かった。

それでも泣き言ひとつ言わず、必死に足を動かしている。


シマは立ち止まり、周囲を見回した。

「ここで休憩しよう」


子供たちはホッとしたようにその場に座り込んだ。


だが、休むにも問題があった。

雨が降り続いているため、体が冷えてしまう。


「火を起こせないか?」とジトーが提案したが、濡れた木材では無理だ。


「せめて、雨をしのげる場所を探そう」

シマの指示で、周囲の地形を確認すると、小さな岩陰があった。


全員が入るには狭いが、少しでも雨を防げるなら十分だった。

子供たちはそこで身を寄せ合いながら、わずかな休息を取ることにした。


シマは空を見上げた。雲が厚く、夜の闇が迫ってきていた。

「できるだけ早く川にたどり着かないと」


その言葉に、仲間たちは静かに頷いた。

生き延びるために、前へ進まなければならない。


そう、彼らはまだ旅の始まりに過ぎなかった。


奴隷商人から奪った食料。それは固い干しパンだった。

それすらもシマたちにとってはごちそうだった。

スラムにいた頃は、泥水をすすり、残飯をあさって食いつないできたのだ。

飢えた胃袋に、硬く乾いたパンが少しずつ溶けていく感覚が、ようやく生きているという実感をもたらした。


凡そ三十分ほど休憩した後、シマは子供たちを見回しながら口を開いた。

「この鬱蒼とした森の中を歩くのは危険だ。今日はここで一晩明かして、明日の朝一番に出発しよう。雨が降った直後であれば、ある程度においが消せるはずだ。もし今、俺たちの前に狼の群れでも現れたら、なすすべなく食い殺されるだろう」


シマの言葉に、子供たちは不安げに頷いた。


狼の群れが襲ってきたら、まともに戦える者などいない。


まだ小さな子供たちは、剣の扱いどころか、戦うという概念すら持ち合わせていなかった。


「それから、ローテーションで見張りを立てる。メグとオスカーは除外する。他のみんなで交代しながら見張りをするんだ」


誰もかれもが疲労困憊だったが、シマの言葉に異を唱える者はいなかった。

誰もが死にたくはなかった。


亡くなった者たちから剥ぎ取った衣服を使い、体を拭う。

濡れた衣服のままでは体温が奪われ、命を落としかねない。

幸いなことに、奴隷商の護衛たちは外蓑をまとっていた。

それを利用できたのは不幸中の幸いだった。

子供たちは寄り添い合い、互いの体温で暖を取った。


見張りの順番が決められた。最初はシマとザックが担当する。


シマは剣を握りしめ、闇の中に目を凝らした。

夜の森は、まるで何かが潜んでいるかのように静かだった。


どれほどの時間が経っただろうか。


ザックが疲れた表情でシマに声をかけた。

「シマ……俺、少しだけ……」


「いい、交代だ。サーシャとクリフを起こせ」


ザックは頷き、眠る仲間たちを起こしに向かった。

シマは深く息をつく。

彼自身も疲れ果てていたが、今は耐えるしかない。


夜明けまで、無事に過ごせるだろうか。


シマは、暗闇の中で剣を強く握りしめた。

(…日本で生活していたころに…確か…ラノベだったか?異世界物…。

勇者と魔王、剣と魔法の世界、追放もの、成り上がり、SFといった小説を読んでいた記憶があるな…この状況なら…無理ゲーというやつだな…。魔法やスキルなんて聞いたこともねえしな…。)


シマは見張りを続けながら、生き残った子供たちを観察していた。


ローテーションで交代しながら見張ることになっていたが、シマだけは初めから交代するつもりはなかった。

眠らずに見張り続けることで、スラム育ちの仲間以外の情報を知ることができると考えていたからだ。


雨音が弱まり、森の静寂が戻ってきた頃、シマは順番に子供たちと会話を始めた。


最初に話したのはロイド(10歳・男)。

この中では最年長になる。落ち着いた話し方をする少年だった。


シマが「これからどうするつもりだ?」と尋ねると、「生き延びるしかないな」と淡々とした声で答えた。年長者としての責任感があるのか、冷静に状況を分析し、子供たちをまとめようとする姿勢が見えた。


次にノエル(9歳・女)と話す。

おっとりした口調で話すが、内には芯の強さを感じさせる少女だった。


「怖くないのか?」とシマが問うと、「怖いよ。でも泣いてもどうにもならない」と微笑みを浮かべた。


彼女の表情には、どこか諦めと、それでも前に進もうとする意志が混ざっていた。


トーマス(9歳・男)は元農民の息子だった。

手のひらには農作業でできた豆がいくつもあり、腕は年齢の割にがっしりとしていた。


「親に売られた」と淡々と言い放ち、目を逸らす。

「口減らしのためだ」と付け足したが、その言葉には悔しさと怒りが滲んでいた。


彼の力強い腕があれば、これからの旅で役に立つかもしれない。


フレッド(8歳・男)は負けず嫌いな性格で、口が悪かった。

「こんな目に遭ったのはクソみたいな世間のせいだ」と吐き捨てるように言った。

「いつか見返してやる」と目をぎらつかせる少年に、シマはどこか共感を覚えた。


彼もまた、復讐の炎を胸に抱いているのかもしれない。


リズ(7歳・女)は明るい性格だった。

歌が好きで、いつか踊り子になりたいと夢を語った。

しかし、時々寂しげな顔をするのをシマは見逃さなかった。


「なぜ踊り子になりたい?」と聞くと、「楽しいから……それに、みんな笑顔になってくれる」と答えた。だが、その笑顔の奥にあるものはまだ分からない。


最後にシマが話したのはエイラ(9歳・女)、元商人の娘だった。


シマが最も話したかった相手だ。

物心ついた時からスラムで生きてきたシマには、この世界の仕組みが分からない。

エイラからの情報は貴重だった。


「貨幣制度はどうなっている?」

シマの問いに、エイラは少し考えてから答えた。

「そうね、今日食べた干しパン…。あれが鉄貨2枚よ。」


「この剣を売れば、いくらくらいになる?」


「ん~、良くても銀貨2枚ってとこね、新品なら銀貨5枚ね。」


「もし、宿で素泊まりしたら?」


「大抵、銅貨2枚~3枚が相場かしら。」


なるほどとうなずくシマ。

鉄貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨と種類があり十進法だそうだ。


(日本円で換算すると大体、鉄貨が100円相当、銅貨が1000円相当、銀貨が10000円相当、金貨が100000円相当、白金貨が1000000円相当ということか)


予想以上にしっかりした貨幣制度があることに、シマは驚いた。


「文字は?」といい、掌に書いてもらうと。

アルファベットであった。

オレの名前は…SHIМA、これで合っているか?

エイラは驚き、あなた読み書きができるのねと聞いてきたが、シマは曖昧に返事をする。


「身分制度については?」


「完全な階級社会ね。貴族は平民を見下しているし、奴隷の扱いは最悪よ。特に帝国領はひどいわ。奴隷は畜生、物扱いされるし、逃げたら見せしめとして公開処刑されることなんてざらにあるわ。」


エイラの話を聞きながら、シマは静かに考えを巡らせた。

この世界で生き延びるには、知識と力が必要だ。

今のままでは、ただの獲物に過ぎない。


気づけば夜は更け、疲れ果てた子供たちが順番に見張りを交代していく中、シマだけは目を閉じずに周囲を見渡していた。


雨の匂いが微かに残る森の中で、彼はまだ眠るわけにはいかなかった——。

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