大学のあざとい後輩女子の告白が信じられなかったから「髪切ってきて」って言ったらホントに切ってきて焦ってます……。

花房 なごむ

第1話 髪は女の命だから、それ相応の責任問題は発生する。

 大学生になれば俺にも彼女ができるかもしれない。

 そんなことを思ったりもしたさ。

 しかしながら中学・高校と彼女ができたこともないような奥手の腰抜け男に彼女ができるはずもないのもまた道理。


 そうしてサークルに所属することもなく俺は大学2年生になってしまったわけだ。

 これといった趣味もなく、サークルも2年になって今更入るのも抵抗感がある。


 そもそも友だちもろくにできなかったようなやつが今更圧倒的なコミュ力を得られるわけもない。


「講義も終わったし、家に帰って漫画でも描きますか」


 おおよそ趣味なんてものはない。

 かつて趣味だった漫画も今では金を稼ぐための手段でしかなくなった。

 それもアダルトな漫画であり、おいそれと他人に言えるはずもない。

 自分の叡智な漫画に誇りがあるわけでもない。

 そもそもそんなに稼げてない。せいぜい時給でバイトするのと変わらない。


 そんな自分に何かひとつでも自信のあるものがあるわけはなかった。

 好きで描いてたはずの漫画も落ちぶれ、募る妄想が小銭のなる木になった程度。


 将来のことも考えないといけないし、漫画で飯が食えるとも思えない。

 叡智な漫画でもそれで飯が食えたなら誇りにもなりえよう。しかしそうはなっていない。


「せんぱーいっ」


 エロ漫画家にも屈強な性癖がなければ続けていくのは難しい。

 そんなことを気が付くのに1年掛かってしまった。

 その時間があればもっと勉強するなり資格を取るなりしておけば有意義な大学生活だったと未来で納得もできたかもしれない。


「せ、せんぱーいっ!」


 そう。こんな可愛い女の子の声で呼ばれるのを夢見てしまうほどには俺だって彼女がほしいと思っていた。

 しかし一向にそのような具体的な行動なんてしてこなかった。

 故に俺は未だに童貞のままであり、そんなエロ漫画家がろくに女を知らないのであれば当然エロ漫画としての説得力も性癖も示すことなんてできないだろう。


「せんぱいってば!!」

「…………人違いじゃないですか?」


 誰だこの女の子は?

 少なくとも俺はこんなあざと可愛い女の子なんて知らない。

 なので恐らく人違いだろうと思う。

 なにせここは大学である。

 陽キャ一軍男子も当然いるが、それよりも多く生息している男の多くは俺のような非モテな弱者男性であろう。男は金と顔と身長だ。


 なので絶対的に人違いだ。


田中良春たなか よしはる、先輩ですよね?」

「……なんで名前知ってるの? こわい」

「忘れたんですか?! ひどいですよぉ〜」


 いやだから知らんのよ。

 だって可愛いし。


 色素の薄い長い髪はゆるりとクセがあり、顔は幼げに見えるあざと可愛いくも清楚系っぽい顔と雰囲気。

 小柄のわりに胸はある方だとは思う。たぶんCだ。

 加えて首元の小さなほくろはどこか如何わしい。

 こんなほくろならば絶対に覚えているはずだ。だってえろいし。


 服装は男ウケしそうなフリルのヒラヒラの服の上に春っぽく明るいカーディガンであり、今月入ってきた新入生らしいフレッシュさがある。


 そしてなによりも漂うサークルクラッシャー的なあざとさ。

 この女に関わってろくなことがなさそうな感じがとてもして怖いのだ。


 このあざとい女の子が大学に入学して3日。

 3日もあればこの子はおそらくサークルに所属していてもおかしくはない。

 そして悪そうな先輩に抱かれて手駒になっていてもおかしくはない。

 そんな悪そうな先輩の手先として俺のような男を引っ掛けて金を巻き上げてこいとか嘘告白して非モテ男の無様な顔を写真に収めてこいとか言われている可能性すらある。


 というかそんな話をエロ漫画で描いたことがある俺にはそのシチュエーションにしか見えない。

 病気と言われたらそうとしか言えない。

 病気じゃなかったらエロ漫画なんて描いていない。

 あれはたしか寝取られものだったなぁ。


「わたし、せんぱいのことがずっと好きだったんです。でも中学も高校も知らなくて、でも会えなくて……。そしたらこの大学でせんぱいに会えたんですっ!」

「うん。そうか。だが君が知っている男はきっと既に死んでいる。諦めた方がいい」

「何言ってるんですか?! わたしの目の前にいます!」

「これは幻覚なんだ。君の想い人は初めから存在しない。では俺は用事があるので帰る」

「ちょとっ?! 待ってください!!」


 彼女が俺の服の袖を掴んで離してくれない。

 なんなら涙目ですらある。


 その涙に少しばかり揺れるのが男心というものであることもまた知っている。だってエロ漫画家だから。


 だがしかし、本当に俺は知らないのだ。

 だからこの女の子を信じようがない。

 どうしてそこまで必死なのか。


 いや、俺だって彼女は欲しい。童貞も卒業したい。

 だけど有り得ない。おかしい。


 エロ漫画家をしているからわかる。

 これは俺のような非モテ男性にとって都合のいいシチュエーションなのだ。なんなら都合が良すぎる。

 今なら宝くじを買ったら5回連続で1等が当たる気さえする。


 そう。そのくらいには俺にとって都合が良すぎる。


 エロ漫画家も漫画家も、或いは小説家とかイラストレーターとかもそうだ。というか創作をしている人全般に言えることだと俺は思っている。


 創作者が夢を見るなと。

 漫画家が漫画に夢を見ていいわけが無い。

 だって漫画家は読者に夢を見せる為に描くのだ。

 夢と言えば都合がいいか? なら嘘でもいい。

 それとも幻想か。


 ともかく、漫画家が夢を見ていいわけがないし、こんな都合のいい話が降ってくるはずがないのだ。

 夢を見せる仕事を曲がりなりにもして生活費の足しにしている俺が言うのだから間違いはない。


 つまり目の前のあざと可愛い清楚系を装った女の子は俺を騙そうとしている。これ以外に有り得ない。

 まともに話を聞くだけ損だし、うっかり好きになってしまっては後の祭りだ。


 ここは早く家に帰ってしまうのがベストだ。

 そうすればきっと諦めてくれるだろう。そうであってくれ。


「せんぱい……」


 そもそも彼女の話も要領を得ない。

 断片的過ぎて少なくとも俺にはまったく心当たりが本当にないのだ。


「髪切ってきたら信じる」

「え……」


 髪は女の命という。

 実際彼女も髪の手入れはかなりしていると思われる。

 少しクセのある長い髪も手入れが行き届いているからこそ枝毛とかもなくまとまっている。


 決して彼女の髪の毛を凝視したわけではない。

 一応エロ漫画家であるが故に目に付いてしまうのだ。

 絶対に「いい匂いしそうだなぁ」とか思ってない。


「……わかりました」


 そう言って彼女は歩いていった。

 流石に男を騙す為だけに大切にしている髪の毛を切ったりはしないだろう。

 腰近くまである綺麗な髪だ。

 神様だって見惚れるくらいのものであろう。


 一先ず騙されることなく俺は家に帰宅した。

 一人暮らしをしているとはいえ生活に余裕があるわけではない。

 親からは学費などの支援はするがバイトをするのが条件であり、バイトと勉強を両立させろと言われてバイトを始めてみたはいいが居心地が悪くてエロ漫画家になってしまったのである。


 そんな有様の俺は今日もお世話になっているアダルトサイトFで小銭を稼ぐためにペンを走らせた。



 ☆☆☆



 そして翌日。

 俺は絶句した。

 くだんの彼女はゆるふわボブのあざとい系女子になって目の前に現れたのだ。


「せんぱい。今度は、信じてくれますか?」


 どうしよう……ほんとに髪切ってきた。


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