第26話
「あの、カナリア様のお仲間の方でしょうか……」
ミールスの娘、アイリはロイとユリに声を掛けた。仕事中だ、カナリアの分の皿を片付けるフリをしてそっと声を掛けてきた。
ユリは不安がるアイリの顔をじっと見つめる。
「……カナリア様にこれを渡していただけませんか」
アイリが渡してきたのは白い封筒。その表には教会の場所が記載されていた。
「結婚するの?」
ユリがアイリに尋ねるとアイリはコクコクと頷いた。
「今日、母からカナリア様が居らっしゃるって聞いて……普段はこの店にいないんですけど、手伝わせてもらってるんです」
「失礼だけど、カナリアとはどういう関係?」
ユリが再度尋ねるとアイリは遠い目をして答えた。
「……助けて貰ったんです。数ヶ月前に。強盗にあって、その強盗団を壊滅させたのがカナリア様でした」
「そう……」
「本当はカナリア様に、今日、謝りたかったんです」
言い終わるやいなや遠くでミールスがアイリを呼んだ。アイリはぺこりとお辞儀をすると、一口しか手を付けていないグラタンを下げてしまった。
ロイは何も気にすることなく黙々と皿に手をつけている。
「ロイ、なんにも気にならないの?」
「え? いやぁ、だって話暗そうですし。あんまり詮索するのもなぁって!」
「それはそうだけど……」
「……あの男とユリさんと、アイリさんは同じじゃないですかね」
「え?」
ポツリと言われた言葉にユリはロイの顔を見つめた。ロイは何も無かったようににっこりと笑った。
「折角の料理が冷めちゃう方が失礼ですよ」
ロイは最後の一口まで堪能していた。
容赦なく繰り出される拳を躱すことなく受け入れたカナリアの頬は腫れ上がっていた。幾度となく拳を堪えていると目の前の男は泣きながら名前を呼んでいた。
今日、助けられなかった子どもの名前だろう。
静かな夜、響くのは規則的な殴打の音、カナリアは薄くひらいた視界の向こうに父の幻影を見ていた。
『お前は勇者に選ばれたんだ。救えた者を数えるな。お前が数えていいのは救えなかった命と目の前の敵の数だけだ』
厳しかった父の言葉が耳元で聞こえた。ノートにまとめられた救えなかった人はもう、数え切れないほどに増えた。
自分の弱さの証だった。
目の前の男の打撃で死ぬことは無い。けれども幾度となく繰り返される打撃は、一発一発、ちゃんと痛いのだ。今日は星が綺麗な夜だった。
「《ノクターン・エコー》」
そう言ったのはかつての仲間だった。自分に放たれたと思いカナリアは目をつぶった。が、意識は沈まない。
「いつまで殴られてるつもり?」
その声に目を開けると、目の前には真っ黒な姿ーーカイロスがそこにいた。足元には先程までカナリアを殴っていた男が、すやすやと穏やかに寝息を立てている。
「カイロス……」
カイロスは不敵な笑みを浮かべてカナリアの短い髪をすくった。
「やだなぁ、君が泣くのは僕の前だけにしてくれよ」
カナリアはぐっと唇を噛んだ。
カイロスはハイポーションをカナリアに差し出した。カナリアはそれを振り払う。
「使いなよ、綺麗な顔が台無しだよ?」
「いい、いらない。これは消しちゃいけない痛みだから……痛みなんだ」
カイロスは笑うと地面にハイポーションを置いた。
「まぁ、なんでもいいけどさ。今日は君に朗報を持ってきたんだよ」
「……朗報?」
「そ、俺が魔王を倒したよって」
「え……?」
カナリアがカイロスを見上げる。月を背にする彼の顔に濃い闇が落ちる。顔が見えない。
「俺が次の魔王になった。だから君が勇者でいる理由は無くなった」
カイロスはパチンと指を鳴らした。カナリアの意識はそこでゆっくりと途絶えていった。目を瞑る直前、カイロスがカナリアの髪を撫でた。
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リライト・ギア 桜木 心都悩 @Sakurabit-cotona
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