第20話

ユリは戸惑いながら、ゴブリンの巣穴を駆けていた。

閉じ込められたこの空間には、無数の枝道と部屋があった。壁には小さな穴が空き、ある場所は武器庫に、またある場所は寝床に転じている。


「どこ……どこにいるの……」


息を呑みながら走るたび、遠くで聞こえる剣戟と魔法の音が、胸をざわつかせた。ロイの魔法が爆ぜ、グレンの剣が風を切る。そのどれもが、確かに成長した彼らの力を物語っていた。

(あたしは……これから何を守ればいいの?)

今までは、自分が盾だった。仲間の前に立ち、傷を引き受け、支えとなることが役目だった。だが今――彼らはもう、自分の足で前に進み始めている。

攻撃を避け、仲間を守るのは、いつの間にかユリではなくカナリアになっていた。

(……あたしは、どこで、どう戦えばいいの……)

パーティに、自分の居場所がなくなっていくような錯覚。

胸にぽっかりと空いた穴が、呼吸を浅くする。


「姉さん……あたしは、今、何を守ればいいの?」


その時だった。

耳に飛び込んできたのは、か細い子どもの泣き声だった。

「……!」

ユリは咄嗟に走り出す。

声の聞こえた部屋の扉を押し開けた瞬間、ぬっと現れる影――数体のゴブリンが、ニヤついた顔でこちらを見ていた。

声は、罠だったのだ。

「……ッ、邪魔しないで!!」

咄嗟にユリは《盾陣》を発動。

青白い光の壁が彼女の前に展開され、ゴブリンたちの突撃を受け止める。


けれど――それだけだった。

ユリには、攻撃する手段がなかった。

剣は握っていない。魔法も放てない。ただ、耐えるだけの盾。

(……グレンみたいに、剣が使えたら。ロイみたいに、魔法を撃てたら。カナリアみたいに――)

悔しさが胸を焼く。

自分には何もないと突きつけられているようで、たまらなかった。

「うるさい……うるさい……ッ!」

効かないと分かっていながらも、ユリは盾越しに拳を握りしめた。

みぞおちを狙って、一体のゴブリンへ拳を突き出す。


――次の瞬間。


拳に、淡い光が宿った。

バシュッという音と共に、ゴブリンの身体が壁に叩きつけられる。

ユリ自身も、一瞬何が起きたのかわからず呆然とした。

しかし、拳で撃ち飛ばされたゴブリンがよろめく様子を見た瞬間、ユリはすかさず構え直した。

(あたしの力じゃ、まだ倒しきれない。でも……)


視線を走らせる。戦場の空気が変わっていた。

シャーマンは腕を落とされ、キングゴブリンは巨体を揺らしながら膝を折ろうとしている。

「……ロイ!」

声を張り上げると、ロイがこちらを見た。その瞬間、ユリは迫ってきたゴブリンの身体をつかみ、反動を使ってロイの方へと投げ飛ばす。


 ギィィィィ――!


悔しげな声を上げながら、ゴブリンが宙を舞い、火の魔法が飛び交う戦場に叩き込まれる。

(今はまだ、これが精一杯……でも)

敵の動きを止めて、仲間に繋げる。

自分の役割は変わるかもしれない。でも、ここにいる意味はきっとある――そう思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る