第19話

巣穴の最奥部は、ぽっかりと口を開けたような広間だった。

天井は高く、湿った空気が重くのしかかってくる。その中央へと一行が足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。喉を鳴らすような、乾いた笑い声が洞窟に反響する。

「……来たかって感じの笑いだな」

グレンが剣に手をかけ、カナリアも即座に警戒を強めた。


ドォン――!


轟音が響き渡り、背後の通路が崩れ落ちた。大岩が転がり、唯一の出入口を塞ぐ。その先に、巨大な棍棒を構えたキングゴブリンが立っていた。ぎらりと光る目が、こちらを値踏みしている。

「……閉じ込められたか」

カナリアは素早く松明の火を消し、闇に身を沈めた。が、その直後、足元に赤い光が走る。

「ッ……!」

地を這う炎――それは、巣の奥に潜んでいたゴブリン・シャーマンが放った火の魔法だった。

地面に撒かれていた油に火がつき、炎はじわじわと広がっていく。熱気が這い寄り、洞窟の空気が一気に薄くなっていくのを感じた。

「ロイ、シャーマンを引きつけろ!」

「了解です!」

「グレン、キングを狙うぞ! 一気に仕留める!」

「おう!」

立て続けに指示を出しながら、カナリアの目が一人の少女をとらえた。

「ユリ……! ユリ!!」

その名を呼ばれても、ユリは動けなかった。

足は竦み、顔からは血の気が引いている。焦点の合わない目で、じっと暗闇を見つめていた。

カナリアは一歩踏み出すと、迷いなくその頬を打った。

「……っ!」

「ユリ、戦闘中だ。意識を戻せ。まだ子どもが見つかっていない、どこかにいるはずだ」

「……っ、わかった! 探す……!」

ユリは震える息を整え、唇を強く結んで走り出した。

その背中を一瞥し、カナリアは前線へと視線を戻した。

「グレン、行くぞ!」

「ああ!」


戦場が、動き出す。


キングゴブリンが咆哮を上げながら、地面に転がる巨石を豪快に投げつけてきた。空気を裂く轟音、壁に当たった岩が爆ぜるように砕け、飛び散った破片が肌をかすめる。

「一発でも当たりゃ、死ぬな……!」

グレンは歯を食いしばり、棍棒の軌道を読みながら必死に身を躱す。

巨体から繰り出される一撃は、速さも重さも桁違いだった。

その合間を縫うように、洞窟の奥から火の玉が飛来した。

シャーマンの放つ火炎魔法。笑いながら、次の一撃を構えようとしている。

「僕が……相手ですよ……!」

ロイが飛び出し、浄化魔法を放つ。

しかしまだ狙いが定まらず、光弾はシャーマンの外套をかすめる程度だった。

「くっそ、当たれっての……!」

シャーマンはケタケタと笑いながら、鼻でロイを嘲る。空中を右往左往に飛んでいく。

その視線にロイは拳を握りしめるが、精度はまだ追いつかない。

一方、カナリアは――ただ一人、嵐の中心にいるかのような落ち着きで動いていた。

迫りくる棍棒も、火球も、まるで未来を見ているかのように躱していく。身体の重心は乱れず、滑るような足さばき。息も切らさず、剣先は揺れない。


(……こいつ、後ろに目でもついてるのか!?)


思わず見惚れそうになったグレンだったが、すぐに我に返る。

自分の役目を思い出し、体勢を立て直してキングの懐に飛び込んだ。

「味方が近くにいりゃ、魔法も打てないだろ!」

その一瞬の隙を狙ったつもりだった――が、

キングゴブリンは逆にニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。

次の瞬間、グレンを見たかと思うと、巨体からは想像もつかない速さで足技が飛ぶ。


「ッ――ぐっ……!!」


重い一撃が、みぞおちに直撃した。

グレンの身体は宙に浮き、壁へと叩きつけられる。

「グレン!!」

ロイの叫びも届かぬうちに、シャーマンが火球を構える。

倒れたグレンを焼こうとするその瞬間――

斜めから駆け込んできたカナリアの剣が、シャーマンの腕を斬り落とした。


「ギィィィィィ!」


悲鳴を上げる暇も与えず、その目元へ剣先が突き刺さる。

咄嗟にシャーマンが吹き飛ばされるのと入れ替わるように、キングが雄叫びを上げて突進してきた。

カナリアの瞳が細められる。

彼女の動きがふっと軽くなったかと思えば、次の瞬間、彼女の姿は――キングの背にいた。


「グッ……グフッ……」


喉から漏れた濁った音。

キングの喉元に返り血が噴き出し、言葉にならぬままに巨体が崩れ落ちた。

カナリアは一度剣を振って血を払い、そのまま静かに地に着地する。

あたりに、静寂が戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る