祝福無き黎明

第14話

「カナリア、さっきの男……誰だったの?」

ユリの目が鋭く細められる。街中に響いた巨大な魔法陣、空間を揺るがすような気配。その中心にいた黒髪の男の存在を、彼女が疑わないはずがなかった。

「あれは……魔王の側近、カイロスだ。以前の旅で、私が敗れた相手でもある」

静かにそう答えたカナリアの声には、かすかに悔いがにじんでいた。

「ずいぶんと……馴れ馴れしかったわね」

「おいユリ、あんまりカナリアを責めるなよ」

グレンが割って入るように声をかけると、ユリはその言葉にビクリと反応し、怒りをあらわにした。

「……グレンは! いつだって周りに優しくする!」

ユリの声が震える。感情が爆発寸前だと、誰の目にもわかった。

カナリアは一度、大きく息を吸い込んでから吐き出した。そして、ゆっくりと語り始めた。

「……どこまで話していいのか、自分でもまだ迷ってる。ただ――彼は、かつて私たちの仲間だった。」

「仲間……っ!?」

ユリは目を見開き、奥歯をぎりと噛み締めた。

「魔王の側近……そんなの知ってたら、私、治療なんてしなかった!」

「……治療?」

カナリアが聞き返すと、ユリは顔をそむけながら答えた。

「ええ、あいつ、全身傷だらけだったのよ。何も知らない私は、善意で手当して……明日にはロイに浄化魔法をかけてもらう予定だったの!」

「……」

言葉を失うカナリアに、ユリは怒りのまま言葉を投げつける。

「勇者カナリア様が、まさか魔王の手先と繋がってたなんてね!」

「ユリ、落ち着け。カナリアにも――」

「なんで、グレンはそんなに優しいの!? なんで庇うのよ!」

その瞬間、ユリの拳がグレンの胸を何度も叩いた。小さな手だったが、その衝動は痛みよりも悲しみを訴えていた。

「……あなたがもっと早く来てくれていれば……あの時、浄化魔法をすぐかけてくれていれば……!」

ユリの瞳には、涙が滲んでいた。

「――姉さんは、死なずに済んだのに……!」

その叫びを最後に、ユリは踵を返し、荒々しく部屋を飛び出していった。

後に残されたのは沈黙と、冷たくなった空気だけだった。誰も彼女を追いかけようとはしなかった。

その沈黙を破ったのは、グレンだった。

「……ユリの故郷は、セリノア村っていうんだ。街から離れた、小さな村で。住んでる人も、みんな穏やかで優しい人ばかりだった」

「……覚えているよ。私が……救えなかった村だ」

カナリアの声は、どこか遠くを見つめるように淡かった。

「難しいな、勇者はいつだって魔王を倒すために居なければならないんだ……」

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