第3話


「俺はまだしばらくは、ここにいるつもりだから、

 もし時間がまだあったらいつでも会いに来ていいからな」


 黄巌こうがんがそう言ってくれた。


 徐庶じょしょからは「また来る」と言いにくかったので、そう言われた時、徐庶は言葉に詰まったようだった。

 何かを言いたかったが言葉にならず、結局歩み寄って、友の身体を抱き締める。

 黄巌は笑った。

 心境は分かったのだろう、慰めるように徐庶の背を撫でる。


「大丈夫だよ。元直げんちょく


 それだけを言った。


「北へ帰ることになったら、ここに置き手紙でも置いて行くよ。

 村の人にも伝えていくし」


「うん」


「そうしたら、北の家を訪ねて来てくれ。

 冬は厳しいかもしれないけど、春になったら」


「うん」


長安ちょうあんにもし帰ることがあったら、文をくれ。

 そうしたらいつか、俺も訪ねていくよ」


「うん。そうするよ」


 こういう一つ一つの未来の約束が、きっと徐庶じょしょの命を繋ぎ止めてくれる。


 陸議りくぎはこの二人の約束がどうか果たされるようにと、少し離れたところで会話を聞きながら密かに願った。


「陸議君」


 声を掛けられる。


「悪いけど元直げんちょくを頼むよ。

 こいつは図体は大きいし、旅慣れてるし、頑丈だし、腕も立つんだけど、

 たまに妙なことに巻き込まれて出れなくなってたりする、ちょっと抜けてるとこがあるから、何の心配もないって感じじゃないんだよね」


「ちょっと抜けてるって……ひどいな。……まあ反論はしないけど……」


「君は若いけど、こいつよりはしっかりしてそうだから。

 暇でしょうがない時は、時々でいいから見てやってほしい」


 陸議は笑って、頷いた。


「はい」

「……君も元気で」


 自分も魏軍の人間なのは分かっているのに、黄巌こうがんは手を差し出してくれた。

 陸議は歩み寄って、そっと両手でその手を取った。

 ありがとう、と想いを込めて深く頭を下げる。


「行こうか」


 徐庶が声を掛け、歩き出す。


「はい」




「二人とも、無事で!」




 庵の側で手を振っている黄巌こうがんを二人で振り返り、手を振った。


 一度そうすると、徐庶じょしょはもう振り返らずに歩き出した。


 心を尽くしてくれた友に、言葉も返せない。



(こんな実りの無い人生は、変えなくては)



 次にもし、再会が果たせるなら。

 その時はもっと明るい別れがしたいと願った。



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