ルートⅡ 二葉 怜花の手④

 俺は空気を読まない男。


 正確に言うなら『読めない』だけど、わざと読まない時がある。


 それが今だ。


「それでなんで光留みるに泣かされてたの?」


「そういうことするとまた泣いちゃいますよ?」


「泣いたらまた頭撫でてあげよう」


「いつでも泣けるように練習しておきます」


 泣いたから頭を撫でるのでは無く、二葉ふたばさんが悲しんでると思ったら手が伸びるわけで、嘘泣きに俺の手は反応しない。


 そもそも俺に撫でられることの何がいいのかよく分からないけど。


「まあ、そうですね。私が泣いた理由は、松原まつはら君とのお付き合いを否定されたこともあるんですけど、一番は光留さんに嫌われてるって実感したのが大きいと思います」


 否定しようと思ったけど、さすがに光留のあの態度を見たら何も言えない。


 光留と二葉さんに過去何があったのかは知らないけど、あんなにあからさまに人を嫌う光留は初めてだ。


 光留は俺と同じで人嫌いではあるけど、人見知りがあるからそれを表に出すことなんて基本ない。


 その光留があんなに態度に出すのは、ほんとに何があったと言うのか。


「理由は分かってるんです。小さい頃の私はほんとに人として最低でしたので」


「やっぱり光留と昔会ってるんだ。てことは俺も?」


「……はい、会ってます。あまり思い出して欲しくはないんですけど、今日はそのお話もしに来たんです」


 やっぱり俺と二葉さんはどこかで会ってるようだ。


 だけど、二葉さんの反応を見る限り、あまり良い思い出でも無さそうな。


 光留とのやり取りを見ててもそんな感じはしてたが。


「最初は話すつもりは無かったんです。松原君は私のことを覚えてなかったので」


「小さい頃の記憶って全然無いんだよね。なんなら昨日の記憶すら怪しい」


 俺は毎日をなんとなくで生きているせいでほとんどのことを覚えていない。


 光留と一緒に居る時のことはよく覚えているけど、学校で何をしたとか、そういうどうでもいい記憶は一切ない。


 二葉さんとの記憶が無いのはどうでもよかったとかでは無く、シンプルに昔すぎて覚えてないんだと思うけど。


「松原君はそういう感じですね」


「昔から?」


「はい。多分松原君は昔から興味の無い人には無関心だったんでしょうね」


 つまり俺は昔から愛想の無いつまらない人間だったと。


 ……


「なんで俺を好きになった? やっぱ嘘?」


「逆ですよ。そんな松原君だから好きになったんです」


「ほんとに大丈夫? 将来変な人に騙されないでよ?」


 俺が言うのもあれだけど、二葉さんは変わり者すぎる。


 俺を好きになる時点で……とか言うと色々とまずいので割愛して、愛想の無い俺を好きになるなんて。


 雑に扱われたい願望でもあるのだろうか。


「あ、一応言っておきますけど、松原君は優しい人でしたよ」


「じゃあなんで俺が興味の無い人に無関心なのを知ってたの?」


「松原君が女の子と一緒に居るのを見たことがあったんです。光留さんと一緒に居るのも見たことありますし」


「覚えてないけど、その節は大変失礼しました」


 理由も分からない謝罪は相手に失礼なのは分かってる。


 だけど、謝らないといけない気がする。


 俺の軽い頭を地面に擦り付けて二葉さんの気が済むのならいくらでもやるし、それが逆に気を逆撫でするなら他の方法で謝罪の気持ちを伝える。


「松原君が謝る必要ないんですよ。むしろ松原君がそういう対応してくれたから私は今こうして普通にいられるんですから」


「そうなの? でも俺を好きになってるんだから普通じゃないよ?」


「世間一般では五人の異性に告白されるのは素敵な方ですからね?」


「騙されてる可能性だってある」


「私達は松原君になら騙されてもいいって思って告白してるんですよ」


 二葉さんが微笑みながら俺の頭を撫でる。


 なんだかこそばゆい。


「照れてます?」


「少し」


「ちゃんと認める松原君が好きですよ」


「どうせ後で恥ずかしくなるんだからやめとけ」


「安心してください。既に恥ずかしいので」


 土下座の体勢から見上げる二葉さんの顔がほのかに赤い。


 身長差的に下から二葉さんを見ることなんて無いけど、こうして見るとまた違う感じがあって可愛らしく見える。


 写真をローアングルから撮りたがる人の気持ちがなんとなく分かったかもしれない。


 それから少しの間、俺はローアングル二葉さんを見て二葉さんの顔の赤みが消えるのを待っていた。

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