ルートⅠ 真中 玖喜の手①

 五人から差し出された右手。


 その中から俺は選ぶ。


「よろしくお願いします」


「え、ぼ、僕ですか!?」


 俺が取った手は真中まなかさんの手。


 自分が選ばれるなんて思ってなかったのだろう。


 眼鏡の奥の目が俺を見据えて逸れない。


「嫌だった?」


「そんなこと無いです! びっくりしちゃって。松原まつはらくんは誰も選ばないと思ってたので」


 真中さんはやはり気づいていたようだ。


 真中さんの言う通り、最初は誰も選ぶつもりは無かった。


 だけど、真中さんと少し話して気づいた……思い出したって言う方が正しいのか?


「とにかく、俺は真中さんが……好きなんだよね?」


「おいおい、あたし達じゃなくてその子を選んだのにどういう言い草だよ」


 原中はらなかさんが面白いものでも見るような顔をしながら言う。


「正直『好き』っていうのが何かよく分かってないんだよね」


「じゃあなんで手を取った?」


「知らない感情に突き動かされたから?」


 それが『好き』かどうかは今の俺には分からない。


 でも、多分それに近い感情なのは確かだ。


「つまり松原くんはなんとなくで僕の手を取ったってことですか?」


「なんとなく……言い方は悪いけど、否定はできないかも」


 何かしらの気持ちの変化があって真中さんの手を取ったのは確かだけど、その『何かしら』が分からない。


 何か懐かしい感じもあったけど、俺は何を思って真中さんの手を取ったのか。


「要するにです、松原くんは無意識に僕を求めたってことになりますよね?」


「あぁ……捉え方によってはそうなる?」


「それは……いいかもです」


 なんだろう、背筋に寒気が走ったような気がする。


 離すタイミングが無かったからずっと真中さんの手を握っていたけど、真中さんの握る力が強く……というか、絡まってくる。


「真中さん?」


「なんですか?」


「俺は真中さんを好きかどうか分からない。それでも真中さんは俺を好きになれる?」


「何を言ってるんですか?」


 真中さんが首をコテンと傾ける。


 可愛い。


 可愛いんだけど、なぜだか素直に可愛いと思えない。


「松原くんは僕を求めた。つまり他の四人の方よりも僕が好きなんですよ。僕を選んだ理由がまだ分からないなら僕が教えます。時間なら沢山あるんですから」


 もう一度言う、可愛い。


 真中さんの笑顔は天使の笑顔そのものだ。


 だけどなんでだ。


 真中さんの中に天使以外の何かを感じるのは……


「俺は選択を間違えたのか?」


「選んだのはお前だ。後悔があっても今更遅い」


「にいなは今からでも全然いいよ?」


「や、やめておけ。われは知っているぞ、ああいうタイプの人は怒らせたらいけないんだ……」


「前科ありですか。でも確かに、真中さんのような静かな方が怒ったりしたらちょっと怖いかもですね」


 真中さんの手を取ったことに後悔なんてもちろん無い。


 俺の中の何かが真中さんを求めたのは確かで、そこに嘘も無い。


 無いんだけど、手が痛くなってきたからそろそろ離したい……なんて言える雰囲気じゃない。


「松原くんは僕を選んだんですよね?」


「選びました」


「敬語嫌です」


「選んだ」


「じゃあなんで他の子と仲良くお話したり僕以外を見るんですか?」


「それは俺にとって真中さんが特別になりきれてないからじゃないかな」


 なんとなく分かった気がした。


 真中さんはいわゆる『メンヘラ』というやつなのかもしれない。


 笑顔なのに怖いと思うのはそういうところからくるものなのだろうか。


「つまり僕のことは好きじゃないと?」


「そこら辺はまだ分からないって言ったよね?」


「やっぱり、嫌い……?」


 真中さんがしゅんとなる。


 俺は『メンヘラ』というものを実際に見るのは初めてだから普通が分からないけど、これはなんか……


「可愛い、よね?」


「あたし達に聞くな。メンヘラとか地雷系って好きなやつ以外には当たりキツいんだから。ほら」


 原中さんがそう言って真中さんの方に視線を向ける。


 真中さんの方へ視線を向けると、真顔で何か黒いオーラを放つ(ように見える)真中さんがいた。


「真中さん」


「なんですか。僕は今、松原くんに色目を使う泥棒猫達に呪いをかけてるところです」


「使われてないしかけなくていいから。それよりも、真中さんはいいの?」


「何がですか?」


 真中さんの黒いオーラが消えてキョトン顔で俺の方に顔を向ける。


「俺は原中さん達を見ることすら許されなかったけど、真中さんはいいの?」


「僕は同姓ですし」


「それってずるくない? 俺も真中さんには俺だけを見てて欲しいんだけどな」


「……あぅ」


 真中さんが可愛い声と共に崩れ落ちる。


 正直一か八かだったけど、なんとか真中さんの暴走を止められた。


 もちろん真中さんを止める為の嘘ではない。


 なんかずるいと思ったのは事実だし。


「暴走したメンヘラを止めるのはそれを超えるメンヘラなのか」


「愛って言ってあげません?」


「愛、か……。駄目だそれっぽいのが思いつかない」


「にいなと先輩だって愛の赤い糸で繋がってるもん」


 なんか言いたい放題聞こえてくる気がする。


 とりあえず分かることだけを整理しておくと、高校に入ってからずっとぼっちだった俺に五人の話し相手ができて、そのうちの一人、真中さんと付き合うことになった。


 いきなりのことで俺もよく分かってないけど、とりあえず真中さんと付き合って初めてやることは、真中さんと一緒に家に帰ること。


 倒れた真中さんを運びながら。


 そういうことで、俺達はそれぞれの帰路に着きました。

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