マニック・ピクシー・ドリーム・ガール
衣ノ揚
第1話 お弁当
「お弁当美味しそうですね!」
藤崎さんのデスクを通り過ぎながら、そう声をかけた。藤崎さんは、最近こちらの部署に移動してきた同期だ。
俺は彼女が持参した弁当を覗き込む。
プラスチック容器の内側は、つやつやの白米の他、ウインナーやポテトサラダ、焦げひとつない綺麗な卵焼きなど、鮮やかなおかずで彩られていた。
「そうかな、ありがとう」
藤崎さんは、料理好きなんだよね、と続けた。
マカロンなど高難易度なスイーツも楽しく作れるらしい。この前、他の同僚と話していたのが耳に入った。
藤崎さんはかなりの料理上手だ。
「いいなぁ、料理できるの。俺は毎日コンビニメシですよ」
「山田君は一人暮らしだよね。自炊はしないの?」
「これが、ほんっとに苦手でしてね……」
この言葉に1寸の曇りはない。俺は、フライパンでホットケーキをひっくり返そうとして、天井に張り付けたことがある。だから、自炊が趣味な藤崎さんのことは素直に尊敬している。
「山田くん一人暮らしでしょ?ダメだよ、ちゃんとバランスよく食べなきゃ」
「そう言われても、俺が料理すると食材全部無駄にしちゃうんで……」
この言葉も誠である。俺は、家庭科の授業で、良かれと思って味噌汁にカップ焼きそばを突っ込み、クラスメイトの女子に中指を立てられたことがある。
俺は長いため息をつきながら、藤崎さんの隣、自分のデスクに座った。
「卑屈だなぁ……でも流石にそれじゃ足りないでしょ」
彼女は俺のコンビニおにぎり2つを指さす。
「う〜ん、最近はなんでも高いっすからねぇ」
そっかぁ、と言って藤崎さんは弁当の前で手を合わせた。
俺はそれを横目におにぎりに齧り、午後の会議のアジェンダを開いた。
翌日の昼、またもや隣からいい匂いがして見やると、藤崎さんがお弁当を広げていた。俺が指を咥えて見ていると、彼女が声をかけてきた。
「今日、お昼もう買いましたか?」
「いや、これからコンビニ行くとこ」
俺がそう返すと、彼女は革のカバンから、花柄の布に包まれた、もうひとつの弁当箱を取り出した。
「嫌じゃなければ、食べてくれませんか」
藤崎さんは俺にその弁当を差し出した。
「うわー!!ま、まじすか!ありがとうございます!」
予想だにしない言葉に俺は嬉しくなって、柄にもなく大喜びしてしまった。
「でも、なんで俺なんかに?!」
「いつもお世話になってるので」
彼女は社交辞令だろうけど、そう即答した。しかし、俺に彼女を手助けしたような記憶はなかった。しかしながら、美味しいに決まっている弁当を逃す理由もない。
「いいのかなぁ、じゃあ喜んでいただきますね」
素直に彼女のご厚意に預かることにした。
「食べ終わったら感想聞かせてくださいね」
俺は親指を立てて、弁当の包みを解いた。
ゴムのバンドを外し、ワクワクしながらフタを持ち上げると、中は色とりどりのおかずで満たされていた。唐揚げ、きんぴらごぼうに卵焼き。白米の上には梅干しが陣取っている。宝石箱や……そう思った。
俺は包の中に一緒に入れてあった箸を手に取り、唐揚げを口に含んだ。
「う……うまい!!」
「あは、嬉しい反応ですね」
弁当箱にしばらく入っていたはずなのにも関わらず、揚げたてのごとくカラッとした衣。咀嚼するとそのふっくらとした柔らかさと肉肉しさに心が踊るのと同時に、口の中にニンニクの香ばしさと旨みが広がる。これは、ご飯が進む!
俺は次々におかずと白米を口の中につぎ込んだ。
「ご馳走さまでした!」
俺が両手を合わせてそう言うと、藤崎さんはまだ食事中だった。彼女は、目を見開いてから、口に含んだものを飲み込み、箸をゆっくり置いてから、
「もう食べたんですか?!」
と、面食らったあと、可笑しそうに笑った。
家に帰り、スーツのままベッドに横たわる。流れるようにスマホを開く。そうだ、藤崎さんに、お礼の連絡をしておこう。
彼女が部署を移動してきた日、何か質問があればいつでも聞けるようにと、連絡先を交換しておいたのだ。
俺は15分くらいあーだこーだ、キモくないようにはどうしたらいいのか迷った後、「ええい、ままよ!」とメッセージを送った。
『お昼のお弁当、ありがとうございました。美味しかったです!』
するとすぐ既読がついて、速攻返信が来た。
『いえいえ!美味しそうに食べていただけて嬉しかったです』
俺は少し恥ずかしくなった。大人気なく、作った人の隣で食事をかき込んでしまったことを思い出したからだ。自省していると、追ってメッセージが送られてきた。
『もし良かったら、今度ちょっとしたご飯でも作りに行きましょうか?』
『ぜひ!』
俺は反射的にそう返した。あんなに美味しい弁当を作れる人のご飯なんて、いつだって喜んで食べるしかない。ただ、返信し終わってからじわじわと、困惑も込み上げた。
俺はスマホの画面を閉じた。暗転した画面を見ながら、喉乾いたな……と思う。スマホをベッド横の充電器に刺し、渋々起き上がり、キッチンシンクの蛇口まで水を汲みに行った。
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