第5話

「やはりそうでしたか? では、リバーさんは今、どちらにいらっしゃいますか?」

「先程、父上の代わりに市場や、ギルドの調査に向かわせている。後一時間以上は帰って来ないと思うが、リバーに用事があるなら、迎いに行かせるが?」

「イエ、その必要は有りません。寧ろ居ない方が都合がいいので。」

「どういう事だい。」


「すいません。一秒を争います。後で説明いたしますので、ケイト様のお部屋に案内して頂いて宜しいでしょうか?」

「分かった。君を信用するとしよう。こっちだ。」

 デイトス様は廊下を走る様に進むと、ケイト様のお部屋の扉をノックした。

「この部屋が父上のお部屋だ。グレン入ってくれ。」

「失礼致します。」

 ベッドには、痩せ細った一人の男性が横たわって居た。ベッドの横の椅子に腰かけ、男性の手を握って、青白いお顔をしているのが奥様なのだろう?

 僕は、そのまま奥様が男性の手を握っている手の上に、「ご無礼をお許しください。」と、右手を重ね、左手で彼の頬に触れ、額を彼の胸に付けると、癒しの力が彼に流れ込んで行くのが分かった。

 暫くすると、額を付けていた部分が淡く光、そのひかりは、やがて男性の身体と、から、そのままずっと手を握って居た奥様のからだ全体も包み込むと、暫くして光が収まった。今迄青白かった奥様のお顔に赤みが射し始めたころ、男性の指が少し動くいたと思った。すると彼は目を開け、奥様の名前を呼んだ。

「シルビア。今迄ずっと君の夢を見ていたよ。私の傍にずっと一緒に居てくれてありがとう。」

「あなた…‼ よかった。」そう言うと、奥様の涙が頬を伝って流れ落ちていた。

「それより、デイトス、此方の方はどなたかな?」

「二ヶ月位前に、森で知り合った、グレン君です。」

「グレンです。ケイト様のお部屋に失礼する不躾をお許しください。」

「なに、構わんよ。君からは、返し切れない程の恩を頂いたようだ。ありがとう。」

そう言うと、突然彼は起き上ろうとしたので、手を貸そうとデイトス様が近づいた時には、もう一人で起き上がって居た。

「すまない。腹が減った、何か貰えないかい?」

「直ぐに用意させます。少し待って居て下さいね。」

 と、慌てて奥様はお部屋を出て行かれた。

 その直後、天井から、グレン、リバーが帰って来た。直ぐに其処から出て。と声が聞こえた。

「申し訳ありません。お屋敷の中を通らずに、この部屋から抜け出す方法はございませんか?」

「それなら、此の隠し通路を使うといい。」

「ありがとうございます。それではくれぐれも、リバー様、ドロミテ様、バーム様にはお気をつけ下さい。それとすいませんが、厩を少しお借り致します。」

「厩、どういう事だい?」

「すいません、急ぎますので、直ぐに此の扉を閉めて下さい。」

 それだけ言うと、扉を閉めて貰った。その直後、扉越しにリバー様がお部屋を訪れた声が聞こえた。

 僕は、鼠に案内され、森で出会った馬達が居る厩に入って、馬達と食事をした後、馬達に名前を付けた。

 ホワイト、ブラック1.2、ブラウン1.2,3と付けた後、彼等のお腹の下で、ちょっと遅いお昼寝をさせて貰った。その時の種は鼠達に僕の布袋の中に集めて貰って置いた。

 その後、目が覚めると、鼠達や馬達が此のお屋敷のご主人様達の事を色々教えてくれた。


「俺達は動物同志で色々話すんだが、此処の辺境伯家のご主人様は、代々この地方を収める領主であり、この地方で一番の薬師なんだ。」

「薬師と言うと、お医者様だね。」

「そうだよ。だけど、此処は王都の数ある辺境伯領の中でも特に辺境の地だから、薬師の数が少ない上、往診にも時間や日数が掛かるんだ。俺達も数か月掛けてご主人様と辺境の村まで出かけるんだよ。その事を奥様に説明するんだが、理解して貰えないんだ。ただ最近御主人様は、往診に出かける事が少なくなった。」

「往診が少なくなったってどういう事だろう。それと、奥様が御主人様の仕事を理解して居ないなんて、そんな話って有るの?」

「グレン、俺達を助けてくれた時、奥様の顔の頬にある火傷の痕は見たかい?」

「ああ!ちょっと大きい痕だったね。」

「あれが原因だったんだ。」

「だった。とはどういう事?」

「やはりグレンは気づいて居なかったんだね。あの日グレンと別れた後、ご主人様が奥様のお顔から、火傷の痕が無くなって居る事に気が付いたんだ。勿論御一家のみなさんは喜び、グレンを連れ戻すために、直ぐに引き返したんだが、もう何処に行ったか分からなかったんだ。」

「そうだったんだね。少しも気づかなかったよ。」


「奥様はあの火傷の痕のせいで、自分に自信が持てなくて、御主人様の話をすべてを疑い、信じないそうだ。」

「あの火傷の痕は、奥様が小さ時に遊んでいた時、紅茶を淹れたポットを運んでいた侍女にぶつかってしまい、淹れたばかりの熱い紅茶を被ってしまった時に着いた痕だそうだ。だからもう結婚は出来ないだろう。と、親や周囲のみんなからそう言われていたからだそうなんだ。」

「でも、今では立派な薬師のご主人様と結婚して、あんな立派なケンタ様まで居るのにかい?」

「そう、みたいだよ。」

「そうなんだ。それじゃぁ、その時紅茶を運んでいた侍女さんはどうなったんだろう?」

「詳しくは知らないが、その侍女さんは、何処かの子爵邸から、行儀見習いに来ていたそうなんだ、その時の責任を感じてか、ずっと奥様付の侍女だったそうなんだ。それが、奥様が結婚する少し前に突然居なくなったんだ。奥様とは仲良くしているように見えていたんだよね。」

「侍女さんに、何か有ったのだろうか?」


「今では、御主人様は立派な領主さまだけど、本当はこの家の入り婿なんだ。奥様の御父上が薬師弟子であり領地の民に人望も厚いご主人様を気に入り、娘の婿にと決めたそうだよ。」

「そうなんだ。つまり、奥様はご自分の容姿に自信がない事と、御父上が決められた結婚だから、ご主人様の言葉を信じる事が出来ない。って、事なんだね。」

「そうみたいだよ。」

「そういう事情だったのか。でも、それならご主人様は、奥様の事をどう思っているんだろう?」

「凄く愛していると思うよ。でなきゃこの辺境の地の領主とか、あんなに大変な往診は頑張れないよ。それにご主人様は三男だけど実家は王都の王宮薬師で、公爵様なんだ。」


「そうなんだ。では奥様はご主人様を愛しているんだろうか?前世で恋愛経験の無い自分には分からない世界なんだが…?」

「奥様もご主人様を愛しているよ。でなければ、ご主人様が往診で居ない時は、外にご主人様に女性が居ると思い込み、あんなにリンキしないと思うよ。」

「それなら、奥様のために、こんなに頑張っている御主人様の気持ちを分かって貰えるように作戦を考えないといけないね。その時はみんなに協力をお願いするから頼んだよ。」

「分かった、任せてくれ。」

「じゃぁ僕は眠くなったから、又休ませて貰うね。」

「じゃぁ、みんな種を集めたら俺達も帰ろう。」

「分かった。それじゃあ俺達は帰るよ。グレン、クロ又明日。」

「みんな、おやすみ。」

 その夜僕はクロと一緒にこの厩に泊まらせて頂いた。

 

         ♢ ♢


 翌朝まだ暗い中、人の声で目覚めると、外がやけに騒がしかった。

「何か有ったんですか?」

「奥様が居なくなったみたいなんだよ。みんなで探しているが、見つからなくて」

「そうなんですね。僕も探して見ます。」

「そうだね、頼んだよ。」

「鼠さん、みんな聞こえた?」

「ああ、ちょっと待ってみんなに聞いてみるよ。」

「頼む。」

「分かったよ、奥様は墓地に居るみたいだ。烏達が見張ってる。」

「墓地?分かったありがとう。」

 僕が厩から外に出た時、丁度ご主人様と出くわした。

「奥様は墓地に居るようです。」

「墓地かい分かった。ありがとう。」ご主人様はそう言うと、厩の中に入って来て、ブラック1に鞍を素早く装着すると、「グレン、君も一緒に来てくれ。」と手を差し伸べて来た。僕は思わずその手を掴んでいた。そのままご主人様の前に乗せられると馬のお腹を蹴るのが分かった。ブラック1は、早朝のまだひと気の無い暗い町を墓地に向かって猛スピードで駆け抜けて行った。

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