10 竹富島3 清算すべきこと
山崎は西桟橋まで来ていた。但野曰く女性陣から記念写真用にと良いロケーションで集まりたいということだそうだ。だが肝心の但野がまたしても落とし物したとかで遅れてくるようだ。どうやら次は千円札を落としたようだ。
「札なんてそんな落とすかよ」
山崎は疑問に思いながらも桟橋へ向かった。辺りは桟橋の他は何も無く、せいぜい観光客と思われる人が何人かいるだけだ。確かに集合写真を撮るには絶好の場所だ。
「離島ってのも悪くねえなぁ」
そう言いつつも山崎は但野への疑念がまだ残っていた。そもそも望月とは分かれている身ではある。それでもなお彼女への想いというものを捨て去ることが出来たとは言い難い。そんな状況であのような場面を目撃すれば自分としても複雑な気持ちになるのは当然のことだ。
「どこかで聞き出さないと」
すると背後から誰かが歩いてくる足音が聞こえた。おそらく但野だろう。
「千円札は見つかりましたか?」
だがそこにいたのは望月だった。
「・・・駆」
「璃子・・・なんでお前だけ」
但野と村上は島の喫茶店でスムージーを飲んでいた。
「望月さんにはなんて言ってきたの?」
「お土産置き忘れたってことで来ました。でも本当に大丈夫でしょうか?」
「俺は恋愛事には疎いから何とも言えないけど・・・わだかまりを残したままは流石にまずいと思う。それに外野の俺たちがいると本音を話せなくなると思うし」
そう言って但野はスムージーを吸った。
「とりあえず、これ飲み終わったら桟橋まで行ってみようか」
「そうですね」
山崎と望月は桟橋の上で向き合っていた。思えば4月になってからろくに顔も合わせていない。
「・・・言いたいこと、あるんでしょ?」
「・・・うん・・・璃子は、但野さんが好きなのか?」
その問いかけは彼女にとって想定外だったものらしく、望月は首を傾げた。
「なんで但野さんが出てくるの?」
「え、いや、最近屋上であの人と飲んでるじゃん」
「あれは・・・話せれば別に誰でも良かったの。・・・って、昨日見てたの?」
「ああ。お前が但野さんにくっついてるとこ!」
望月はバツの悪そうな表情を浮かべた。
「あれ飲みすぎて倒れかけただけ。別に但野さんの事好きじゃないよ」
「え、そうなのかよ」
山崎は急に但野に申し訳なく思い始めた。
「それなら別に良かった・・・正直、心配して損したよ」
「・・・ねえ駆、一つ訊いていい?」
「何?」
望月は一呼吸おいて山崎に尋ねた。
「・・・まだ、私のこと好きなの?」
「・・・ああ。未練タラタラで情けないとは思うけど・・・でも俺、まだ璃子が好きなんだ!」
山崎はそう言い放った。言い終わると自分の胸元にあるつかえのようなものが取れたような感覚を覚えた。そしてその言葉を聞いて望月は少し笑った。
「そうだよね、私が振ったんだから・・・でも、私にも今好きな人がいるの」
山崎は特に驚く様子は無かった。彼女が既に誰かを好きになっているであろうことはある程度予想していた。それに女性は男性ほど失恋を引きずらない。
「・・・そうだよな・・・こんな俺よりも、他の人を好きになった方が璃子も幸せだと思うよ」
山崎はそう言った。だがそれと同時に頭の中が何かグルグルとかき回されているような感触を覚えた。彼の先程の言葉は言ってしまえば自ら好きになった人を手放すことに等しい。
「もう俺は、お前の人生には不要だって事かな」
そう言い捨てて山崎は桟橋を後にしようとした。だが望月は彼の手を引いて引き留めた。
「何かっこつけてるのさ・・・いっつもそう、仕事でもどこか行くときも、そうやってかっこつけて・・・本当は自身無くて、怖がりなのに」
その言葉に山崎は何も言い返せなくなった。それと同時に喉元に何か込み上げてくるものがあった。
「私は・・・かっこつけてない駆が好きだった。明るくて、でもどこか抜けてて、酔っぱらったら『イチブトゼンブ』を歌う駆が好きだった。なのに・・・」
「・・・璃子」
「商談失敗しても余裕ぶったり、そこまで好きじゃないのに『Pop Star』カラオケで歌ったり、そうやったってちっともかっこよくない!私は・・・駆にありのままでいてほしかった!」
すると山崎は振り返って望月を抱きしめた。それと同時に嗚咽があふれ出した。
「俺は・・・もっと一緒にいたい・・・恋人じゃなくても、今までみたく笑い合いたい・・・またあの時みたいに話したい・・・」
「・・・やっと本音で話してくれた」
山崎は力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。今まで黙ってきたことを吐き出したためか緊張が解けたような感触だった。
但野と村上は桟橋の近くまで来て二人の様子を見ていた。二人が抱き合ったところで但野はなんとなく状況を察した。
「なんか、大丈夫そうですね」
「俺の同期もここまで仲良くできればなぁ」
「ていうか、どのタイミングで行きます?」
「あ、ああ。キリが良すぎると逆に怪しまれそうだし、ここいらで行っておくか」
そう言って二人は山崎達の所へ歩いて行った。
「すまん、千円札見つけたら村上さんと遭遇してさ」
「ああ但野さん」
山崎は立ち上がって二人の方に振り向いた。その顔はどこかさわやかなものに見えた。
「村上さんも忘れ物とか大丈夫?」
「うん。それより何か話してた?」
二人は示し合わせたかのようにほほ笑んだ。その様子を見て但野はなんとなく事情を察した。
「それじゃあ、写真撮ろうか」
「はい!」
山崎と望月は勢いよく返事した。
フェリーに乗り込んだのは丁度2時半を回った辺りだった。山崎はどこか名残惜しそうに窓から島の様子を眺めていた。
「・・・いい島だったな、山崎」
「はい・・・それと、ありがとうございます、こんな機会を作ってくれて」
「え?」
山崎は但野の計画をなんとなく察していたようだ。やはり500円玉落としたというのは無理があったか。
「俺は別に」
「いや、もしあそこで二人きりになってなかったら、きっとわだかまりは解けてなかったです。それに、セロトニンのおかげで気分も良いですし」
「そっか。それで、望月とはまた付き合うの?」
「いえ、俺たちは別々にやってきます。むしろあいつの恋を応援したいと思います。その方が今の俺には丁度いいのかも」
「応援、か」
そう返すと但野は和田の顔を思い浮かべた。彼も今、青山に好意を抱いている。だが彼女には既に彼氏がいる。
「・・・あ」
但野はふと今日の日付を確認した。9月1日、それは青山の彼氏が札幌に来る予定の日付であった。
「・・・今日だったか」
そうつぶやくと山崎はその声に反応した。
「あれ、今日なにかありましたっけ?」
「ああいや、何でもない。・・・ていうか山崎さ、望月さんは誰が好きか訊いた?」
「いえ、そこまでは。でも俺で色々あったから多分社外の人間だと思いますけど」
「社外か。それならいいけど」
望月と村上はお互いの土産を見せ合っていた。
「やっぱ置物とかあれば思い出に丁度良いかなって。望月さんは?」
「私も同じ。やっぱ食べ物系は最終日に空港で買った方が良いかも」
「そうだね。・・・そういえばさ、これから山崎さんとはどうしてくの?」
唐突に話題を変えられたので望月は返答に迷った。
「え、そうだな・・・とりあえず復縁はしないかな。私にも今好きな人いるし」
「そうだったんだ。それって会社の人?」
望月は声を潜めるように彼女に言った。
「誰にも言わないでね」
「うん」
「・・・和田さん」
「え?」
その返答は村上にとって意外なものであった。社内恋愛で色々あったという過去があるのにまたしても同じ会社の人間に惚れるという点もそうだが、なにより相手が和田であることが彼女にとって少し意外だった。彼とは社内では一言二言話す程度の仲でしかない。だが他の社員から様々な噂は流れてくる。学生時代恋愛沙汰で同級生と険悪な雰囲気になったことや、生命保険会社の人を好きになったが既に彼氏持ちであったために撃沈し、そのせいで心を病んでしまった等々。
「そのこと、誰かには話したの?」
「いや、まだ村上さんだけ」
「そっか」
「でも、あの人今青山さんが好きみたい。だから、和田さんが青山さんを諦めてくれないと、私あの人と付き合えないんだ」
「青山さんに?」
和田と青山が同期であることは村上も把握している。確かに青山は性格はともかく付き合いたいと思うような人物だ。
「でも確か、あの人彼氏が今月札幌に引っ越してくるって聞いたことあるよ」
「今月?」
「うん。私も詳しい所は分からないけどね。でも、和田さんはそこまで知ってるのかなぁ」
知っていてなお青山に惚れているのか、それとも彼氏がいるということ自体知らないのか、望月には分からなかった。だが仮に前者だった場合、それは略奪愛になる。それが本当に長続きするのだろうか・・・。
「札幌に戻ったら、訊いてみた方が良いかな」
「そうだね。ひょっとしたらこの2週間で良い感じになってたりして」
「ちょ、ちょっと・・・」
望月は少し気まずそうに返した。だが内心はこの間に二人の仲が縮まっていやしないか不安であった。
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