9.5 同日昼頃
昼食を食べながら青山は机の上にある髪留めを眺めていた。誰が何故ここに置いて行ったのか今でも見当がつかない。だがだからと言って捨てるのももったいない。
「犯人捜ししてみるか」
そんなことを考えながら彼女はふとカレンダーを見た。日付は9月1日。季節はもう秋である。
「なんでまだ暑いんだろ」
すると彼女の背後から和田が近づいてきた。彼は何やら紙を持っている。
「よう、精密検査行ってきたから結果渡しとくわ」
「あああれね。なんか言われた?」
「頭が悪いとさ」
「は?」
「んなわけねえだろ、脂肪肝気味だから薬もらったわ。これで経過見るってさ」
青山はため息をついた。
「だから飲みすぎるなって言われてんじゃん」
「俺だって最近は酒控えてたんだぞ。それなのにこんなの酷くねえか?」
「自業自得。それで用は終わり?」
「ああいや、それともう一つ、伏古の事務の人が折り返しくれって」
「え伏古?分かった」
青山は受話器を取って電話をかけた。それを見て和田はその場を後にした。
休憩室に入ると和田はいつものように缶コーヒーを飲んだ。昼食後は決まって眠気に襲われるのでカフェインを摂取して睡魔に抗うようにしている。だがここ最近カフェインの効きが弱くなっているように感じる。やはりコーヒーの飲みすぎだろうか。
「・・・人間眠気には勝てねえのかな」
そんなことをつぶやいていると1階の稲垣が休憩室に入ってきた。彼が来るのは珍しい。
「おお和田、さっきは環境性能割ありがとな」
「いえ、あのデリカの商談どうですか?」
「いやあリヤラダーとルーフボックスあるのはありがたかったわ。おかげですんなり決まりそう」
「そうですか、良かったです」
「今月は決算月だしまずは登録1台入れられそうだわ。それにしても望月帰ってきたらしんどいだろうな」
「ああ、そう言えば石垣でしたね、彼女」
「よりによって元カレと同じ班とか嫌がらせだろ。俺ら人事に嫌われたかも」
そう言って稲垣はセブンスターに火をつけた。
「てかお前タバコ吸わんの?」
「ヤニは吸わないタチなんです」
「そっか。俺なんて大学から吸い始めてこのザマだわ。でも正直吸わんとやってけねえんだわ」
「俺の同期も同じこと言ってましたよ。まあ俺も酒好きなんでどっこいどっこいですけど」
「へえ・・・にしても、山崎の奴向こうで嵌め外したりしてねえよなぁ」
「え?」
「あいつ酒癖悪いからよお。しかも望月と色々あったから調子に乗って飲みすぎねえか心配なんだよ。一応は先輩だったし」
それに関しては和田も人の事言えないと感じていた。
「せめてあいつには酒以外のストレス発散教えときゃ良かったわ。丁度行きつけのソープあることだし」
「彼女さん泣きますよ」
「星名には内緒にしておいてくれよ。てかお土産何かなぁ」
デスクに戻った和田はふと星名のデスクを見た。デスクの上には稲垣との2ショット写真が飾られている。二人の関係は以前この写真を見た時に星名から教えてもらった。どうやら数少ない同期らしい。入社時期的にメーカーが燃費問題で色々あったのでその年の志願者は例年と比べて極端に少なかったらしい。そんな中で出会ったとなればそれ相応に絆も生まれるのであろう。
「羨ましい」
和田がそうつぶやくと唐突に田中が話しかけてきた。
「どした?なんか羨ましいことでもあった?」
「うわあ田中さん!い、いえ特には!」
「あっそう。それよりこの前下取りしたレンタカーのRVRなんだけど環境性能割調べておいてくれない?」
「分かりました。車検証の写しとかってあります?」
「ああ原本だけどいい?」
「はい、大丈夫です」
和田は車検証を預かるとデータを入力してメールを送信した。
稲垣が事務所に戻ると全員がどこかそわそわしていた。
「店長、なにかありました?」
「ああ稲垣、実は佐々木が今新規の接客してるんだよ。丁度上田も外出するところだし見てやってくれるか?」
新規来店は連休が明けてからまだ一組も来ていなかった。それを新人の佐々木が対応しているという。ここで逃すと今月の売り上げに大きく響くことになる。
「分かりました。ちなみに新車中古どっちですか?」
「新車のアウトランダー。充電はしてあるから試乗できるぞ」
「じゃあ行ってきます」
稲垣は口臭ケア用のタブレットを噛むとそのままショールームへ向かっていった。
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