9 竹富島へ2 愛していたこと
その日は雲一つない晴天であった。但野自身そこまで竹富島まで行くのに乗り気ではなかったが強い日差しに照らされたことで気分も少し良くなってきた。
「女性陣も結構乗り気みたいですね、但野さん」
山崎は運転する但野の横で彼にそう言った。後部座席では村上と望月が談笑している。
「北海道にいたらバカンスなんてそうそう行けないからな。まあ何があるかわかんないけど」
「そうですね」
但野が運転中山崎は昨晩のことを思い出していた。あそこにいたのは明らかに望月と但野だ。そして仲良さそうに寄りかかっていた。あれはもうそこまで関係が出来上がっているということの証であろう。
「それより、この5日くらいで但野さん何かいいことありました?」
「いいこと?」
山崎は少し探りを入れてみることにした。
「こう暖かい気候にいると、人って色んなものが緩むらしいですよ」
「だろうな。俺もこっちに来てからなんか楽しくなってきた感じだわ」
「それって・・・女絡みですか?」
その問いに但野は思わず吹き出した。
「違うよ。多分セロトニンのおかげだと思う。いかんせん本社にいるとずっと中で働いてるからセロトニンが足りなくなるのかも」
「ああ・・・それもそうですね」
彼の目つきから嘘はついていないだろうということはなんとなく察することは出来た。だがまだ油断できない。そのセロトニンのおかげで気分が良くなり、それで望月といい雰囲気になったのだとすれば多少は辻褄が合う。
「おっと、もう駐車場だ」
もう少し探りを入れようとしたところで一行は駐車場に到着した。
平日ということもあってか、フェリーは比較的空いていた。但野達は適当な席に座るとしばらくして船が出発した。但野は昨日の酒が少し残っていたのか、出発早々胃がムカムカしてきた。
「飲みすぎたな」
但野は乗り場で買ったお茶を一口飲んでそのまま目を閉じた。その間彼は昨晩のことを思い出していた。ここ数日望月とは屋上で酒を飲み合っている。だが但野自身彼女に対して恋愛感情は抱いていない。というより彼自身に恋愛への欲求はそこまで無かった。確かに同期の結婚報告を聞いて多少は心が揺らいだのも確かだ。だがだからと言って急いで誰かと結婚しなければとは思えなかった。むしろそんな理由での結婚など上手くいかないに決まっている。それにもし好きになった相手が社内の人間であれば成功することよりも失敗した時の不安の方が強い。それは望月を見ていればなおさらだ。そう思うと恋愛というものは彼の人生において優先度の低いものであった。
「但野さん、着きますよ」
隣に座っていた山崎が彼を起こした。どうやらもうすぐ島に到着するらしい。
「早いな」
「寝不足ですか?昨日飲みすぎたんですよ」
「そうだな・・・てかお前は大丈夫か?」
「一応は」
数分後、船は乗り場に到着し、一行は島へと降り立った。強い日差しが彼らに降り注いでくる。北海道で感じるものとは大違いだった。
「さてと、自転車もレンタルしたし、これからどうする?」
「但野さん、俺海岸行ってみたいです」
「二人は?」
「さっき望月さんと行きたいとこの目星付けてたんですけど、別行動でもいいですか?」
「じゃあひとまず13時にはここに集合しようか」
但野がそう言うと各々の目的地へと向かっていった。
但野と山崎はカイジ浜に到着した。但野は知る由も無かったがどうやら星の砂で有名なビーチらしい。
「沖縄って感じするなあ」
「そうですね、来てよかったですよ」
天気は快晴であるため、海の青さと砂浜の白さが際立って見える。丁度水平線もくっきりとみることが出来る。
「海なんてほとんど行ったこと無かったから良い思い出になりそうだ」
「まあ、俺は何回か行きましたけどね、望月と」
「・・・まだ、望月さんを諦めきれないのか?」
「何を急に」
但野は一旦伸びをして気持ちを整えた。全身に日光の温かさが染みわたるような感触だ。
「ここなら俺とお前だけの秘密にできる。なんでも話しなよ。その方がすっきりするべさ」
山崎は一瞬戸惑ったがすぐに笑顔を浮かべた。
「そりゃあ・・・諦めきれるわけありませんよ。望月、いや、璃子は俺にとってある意味命の恩人みたいな人なんです」
「恩人?」
「俺元々東京の方の大学に進学したかったんです。でも落ちちゃって。経済的に浪人はさせられないから滑り止めで受けた札幌の大学に行きましたよ。でも正直毎日つらかったですよ。行きたいとこに行けずに中途半端なとこで妥協して・・・なんか、生きる目的が無くなっちゃったような気がして」
第一志望に落ちたというのであればその悔しさは但野にもなんとなく分かった。彼も元々志望していた大学に落ちて第二志望の所に通うことになった経歴があるからだ。
「それでなんとなく単位とってなんとなく就活して、そしたらうちで内定出たのでとりあえず研修会に行ってみたんです」
「・・・そこで、彼女に会ったんだ」
その言葉を聞いて山崎はフッと笑った。
「久しぶりでしたよ、ここまで熱くなったのは。気がついたら俺たちは付き合ってました。それから毎日が楽しかった。仕事で嫌なことがあっても、璃子が隣にいれば俺は大丈夫、そう思っていたんです」
「そうだったんだ」
「・・・でも、初売りの時期にあいつから別れようって言われたんです。別に何か嫌なことをしたわけじゃないです。でもなんとなく、あいつから俺への気持ちは離れていってたような感じはしました。そっからだんだん毎日が辛くなって・・・」
山崎はその場にしゃがみこんだ。但野も彼の目線に合わせるようにその場に座り込んだ。
「心の支えだったんだな、彼女は」
「店長と上田代理の計らいで4月から砂川に異動させてもらいました。正直あの店でやってくのは厳しかったです。今でも勉強会とかであそこに行くとなんか、泣きそうになりますよ」
「・・・やっぱ、まだつらいよな」
山崎は力なく頷いた。
「・・・あ、500円玉落としたかも!ちょっと探してくるから待ってて!」
但野はそう言うと木陰の方へと駆けて行った。山崎はその姿をどこか不思議そうに見つめていた。
「500円玉?」
村上と望月は島中央部の商店でお土産を探していた。
「こういうとこのお土産って色々種類あるんだね」
「うん。でも店の人達には何買ってけば無難なんだろ?」
そんなことを話していると村上のスマホに着信が入った。
「・・・但野さん?」
村上は一旦外に出て応答した。
「はいお疲れさまです・・・ええ、今望月さんはお店の中なんで・・・え?・・・わ、分かりました」
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