領主ジュリアンヌ・フェヴァリ卿と愉快な領民達

ノエルアリ

第1話 領主と猫としゃらくせぇ

 世界はただ一つの宗教――フラミンゴス教会によって統治され、言語も文化も風習もつ統一されている。ここ、オリンピアードは、そんなフラミンゴス教会の枢機卿一族、ジュリアンヌ・フェヴァリが領主として治める町。自然豊かで、風光明媚に飛んだ、絵画のような情景が広がっている。


 代々、「朱夏卿」の地位を代襲してきた、名門フェヴァリ家。そんなフェヴァリ家の執事として、アイザック・バランドールは、当主であるジュリアンヌの前で傅いた。


「――お初にお目にかかります。本日より旦那様の身の回りのお世話をさせていただきます、アイザック・バランドールでございます。至らぬ点が多いと存じますが、何卒宜しくお願い申し上げます」


「ああ、よろしく頼む」


 言葉少ないジュリアンヌとの初対面に、アイザックは素っ気なさを感じた。


「バランドール、君は出身はどこだね?」


 岩をスパッと切ったような顔面。終始厳格な表情を崩さないことで有名なフェヴァリ家当主からの質問に、ごくりとアイザックは息を呑んだ。


「私は東亜はトコナミアの出身でございます」


「そうか。トコナミアか……」


「あちらは方言が強い国でして、気を付けてはおりますが、たまにあちらの言葉が出ることもあるかもしれません」


「方言か……」


 顎に手を寄せ、じっと険阻な表情を崩さない、ジュリアンヌ。


(……こ、こっわあああああ!!! なんやこのオッサン、めっちゃ怖いやんんん!!!)


 ジュリアンヌが怖すぎて、執事であるアイザックが内心、方言丸出しで慄く。


「バランドール……」


「は、はいっ……」


「たまに故郷の方言が出たとしても、それを恥じることはない」


「え……?」


「言語が統一されたこの世界で、各地の方言というものは、その国の特色を表すものだ。違いを無くしたこの世界は、普遍的で代わり映えがなく、つまらん。だからたまに君から飛び出る方言で、私と君の違いが確認できるのならば、それは悦びでもある」


 この世界を統治するフラミンゴス教会の枢機卿一族とは思えない発言に、アイザックは一種の感動を覚えた。


「……時にバランドールよ。君の故郷では、これを何と呼んでいるのかね?」


 ジュリアンヌが指先に巻く、肌色のテープ。怪我をした時に貼る、アレ。


「ああ、それはトコナミアでは、バンディエイドゥと呼んでおります」


「ふむ。バンディエイドゥか」


「旦那様。差支えがなければ、それのオリンピアードでの呼び名を教えていただいても宜しでしょうか?」


「ああ、勿論だ。我がオリンピアードでは、これをこう呼ぶのだ。――『しゃらくせえ、怪我なんざ唾つけときゃ治るっぺ!!』……だ」


「……ハイ? すみません、旦那様。もう一度お聞きしても宜しいでしょうか?」


「ああ。――『しゃらくせぇ――」

「もうダイジョウブです!!!」


 被さるように、アイザックは制止した。


(……え? 何なん? しゃらくせぇ? じゃあ、こいつら怪我した時、「痛ってー! なぁ、誰か『しゃらくせぇ、怪我なんざ唾つけときゃ治るっぺ!!』持ってない?」って言うんか? いちいち? いちいち!?)


「時にバランドールよ、私が何故この『しゃらくせぇ、怪我なんざ唾つけときゃ治るっぺ!!』を貼っているか気にならないか?」


「は、はぁ、気になります……」

(誰が最初にそれを言い出したのか)


「これはな、今朝私が日課である散歩をしていた時のこと……」


 ジュリアンヌの回想――。


 屋敷の庭を散歩していたジュリアンヌの目に、生まれたばかりの子猫が母猫のお乳を飲んでいる光景が飛び込んできた。


『おお! 可愛らしいなぁ。いつの間に子猫など産んだのだ?』


 ジュリアンヌが近づいても、逃げる素振りを見せない、母猫と3匹の子猫。


『ハハ。お前も立派な母猫になったのだな。思えば、嵐の夜にブルブル震えながら私に近づいてきた時は、お前はまだ子猫だったな。それが今や3匹の子猫の母か。……実の息子でさえ、なかなか帰郷しないのだ。私の孤独を癒やしてくれたお前は、娘も同然。ならば、その子猫らは私の孫も同ぜ――』


 シャアアア――!!!


 子猫に触ろうと手を伸ばした瞬間、指先に母猫からの攻撃を受けた、ジュリアンヌ――。


「父親に向かって何の躊躇もなく『シャアアア』ができるようになったとは、あいつも立派な母猫だ」


 感慨深く涙するジュリアンヌに、アイザックは、思っていたことと口から出た言葉が逆になった。


「――しゃらくせぇわ」

(感動的ですね)






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