第19話:GEEドライブの咆哮、次元の傷跡

魂の覚醒を果たしたダイスケは、もはや以前の彼ではなかった。

その動きは迷いなく、その言葉は凝縮された叡智に満ちていた。


彼と、彼を支えるレイカ、アキラの三位一体の協力により、『モノポール発生装置』の組み上げは、神がかり的な速度で進んでいった。


ダイスケが魂の領域から引き出した設計図を語り、レイカがそれを瞬時に物理的な数値に変換し、アキラがその数値を元に、感覚を頼りに最後の微調整を加えながら部品を組み付けていく。

それは、科学であり、魔術であり、そして、三人の絆が奏でる交響曲でもあった。




数時間後、GEEドライブのコアユニットに、掌サイズの、黒曜石のように滑らかな球体――『モノポール発生装置』が、ついに組み込まれた。



「…できた」



ダイスケが、静かに呟く。

ついに、人類が、いや、この星の生命が初めて手にする、超光速航行の鍵が、今、彼らの目の前にあった。


しかし、感慨に浸る時間はなかった。


彼らが装置を完成させた、まさにその瞬間。

アンデスの青く澄み渡っていた空が、急速に色を失い、まるで巨大なインクを垂らしたかのように、漆黒の亀裂が走り始めたのだ。



「来たか…!」



ダイスケが、空を睨みつける。

決戦の時は、彼らが準備を整えるのを待ってはくれなかった。

ゼファルは、この瞬間をこそ、待っていたのだ。



『―――見事だ、人の子らよ。

 神々の遊び場で、神の玩具を完成させるとはな。

 その業、我が計画の礎として、永遠に語り継いでやろう―――』



ゼファルの声が、天から響き渡る。

同時に、世界中の火山活動が最後の同調を始め、地表に描かれた巨大な魔方陣が、不気味な光を放ち始めた。



「まずいわ! 地球全体のエネルギーが、あいつの元に集束していく!」



レイカが、観測モニターを見て絶叫する。




「彼の狙いは、GEEドライブのエネルギーだけではなかった。彼は、この星そのものを『触媒』として、宇宙の階層、我々のいるこの『層』そのものを引き裂き、ボイド空間の混沌の力を、この世界に呼び込もうとしているのだ!」



ダイスケが、ゼファルの真の野望を看破する。


漆黒の亀裂から、昨日までの影の魔物とは比較にならない、巨大で、悍ましい姿の「何か」が、次々と滲み出してくる。

それは、反粒子の混沌が、この世界の物理法則と無理やりに結びついて具現化した、悪夢そのものだった。



「もはや、一刻の猶予もない!」



ダイスケは、完成したばかりのGEEドライブのプロトタイプに乗り込むと、レイカとアキラに向かって叫んだ。



「二人とも、ここから離れろ! これは、危険すぎる!」



しかし、レイカとアキラは、首を縦には振らなかった。



「冗談じゃないわ。あなた一人を行かせるわけないでしょう。このドライブは、私がいなければ起動さえできないのよ」



レイカは、ダイスケの隣の操縦席に、当然のように座った。



「私も、行きます! 先生の魂の音は、私が一番よく聞こえるんですから!」



アキラもまた、その後ろの席に、固い決意を秘めた瞳で座った。


ダイスケは、二人の顔を見て、一瞬、言葉を失った。

しかし、すぐに、ふっと笑みを浮かべた。



「…そうだったな。我々は、三人で一つだ」


三人を乗せた、人類初の超光速実験機が、古代の遺跡の上で、静かに起動の時を待つ。



「GEEドライブ、起動!」



レイカの指が、コンソールを叩く。

古代のNマシンを動力源としたコアが、唸りを上げる。

モノポール発生装置が、空間の根源を揺るがすような、低く、しかし強力な振動を開始した。



機体の周囲の空間が、三角錐状に引き裂かれていく。

眩い、見たこともない光の円錐が、機体から放たれた。




ゼファルが作り出した、空間の歪み。

GEEドライブが作り出した、次元の傷跡。



二つの超常的な力が、アンデスの空で激突する。


ゼファルの魔術による空間の歪曲が、GEEドライブの放つ光の円錐によって、打ち消され、中和されていく。

空の亀裂が、わずかに揺らぎ、魔物たちの進攻が、一瞬だけ止まった。



「今だ!」



ダイスケは、操縦桿を握りしめ、機体を急上昇させた。

目標は、空の亀裂の中心にいる、ゼファルただ一人。


しかし、ゼファルは、GEEドライブの咆哮を前にしても、微動だにしなかった。



『―――愚かな。

 その力は、世界を裂くためのもの。

 世界を守るためには使えぬと、まだ分からぬか―――』



ゼファルが、静かに手をかざす。


すると、GEEドライブの船首に展開されていた、絶対的な防御壁であるはずの「反重力シールド」が、まるで陽炎のように揺らぎ始めたのだ。



「シールドが…! 彼の魔術に、中和されていく!」



レイカが、信じられないといった声を上げる。



「先生、危ない!」



アキラの『身体感覚』が、最大の危険信号を発していた。


ゼファルの指先から、漆黒の破壊エネルギーが放たれる。

それは、回避不能の、絶対的な一撃だった。





絶体絶命。




その時、アキラが叫んだ。



「先生、今です! あの術(わざ)を使う時です!」


「あの術…?」



ダイスケは、一瞬、戸惑った。



「壁を透けさせた、あの時の! 物質を液状化させる、あの力を!」



その言葉に、ダイスケとレイカは、同時にハッとした。

反重力がもたらす、究極の応用技術。それは、破壊のためだけのものではない。



「そうか! リーナ!」



ダイスケは、アキラの名を、まるで古代の戦士の名を呼ぶかのように叫んだ。



「君の言う通りだ!」



彼は、GEEドライブの出力を、破壊ではなく、ある一点に、極限まで集中させた。

それは、ゼファルが作り出した、ボイド空間の混沌のエネルギー。その反物質の塊そのものを、ターゲットとして―――。



「反物質よ、『軟化』しろ!」



GEEドライブから放たれた特殊な反重力波が、ゼファルの魔力の源泉である、反物質の塊を直撃した。


それは、破壊ではない。


物質の結合を、原子レベルで、瞬間的に「緩める」力。

硬い悪意を、形のない、力の抜けた混沌へと、還元させる、究極の無力化。


ゼファルの放った破壊エネルギーが、その形を失い、霧散していく。

彼の魔力の源が、その力を奪われたのだ。



『な…に…!?』



初めて、ゼファルの声に、驚愕と、焦りの色が浮かんだ。

神々の遊び場で繰り広げられる、人類の存亡をかけた戦いは、誰も予想しなかった、意外な形で、その局面を大きく変えようとしていた。

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