第13話:影の名はゼファル、企みは深く

巨大彗星の再来という、太陽系規模の時限爆弾の存在が明らかになってから、研究室の空気は一変した。


三人の間には、これまでのコミカルな雰囲気とは違う、ある種の使命感を帯びた緊張感が漂っていた。


彼らの探求は、古代文明がなぜその驚異的な技術を持ちながら、彗星の接近という大災厄を防げなかったのか、という新たな謎へと向かっていった。


「魂の記録装置」が再生する古代の記録は、断片的でありながらも、その悲劇的な結末を物語っていた。



『―――我らは、天翔る星の軌道を逸らす術(すべ)を持っていた。

 反重力の鎚(つち)にて小惑星を砕き、

 その進路を変えることさえ可能であった。

 されど、大いなる髪の星がもたらしたるは、

 物理的な破壊のみにあらず。

 それは、空間そのものの歪み、次元の裂け目であった―――』



「反重力爆弾…!」



ダイスケが、記録の言葉を現代科学の用語に翻訳する。



「彼らは、強力な反重力場を瞬間的に展開することで、小惑星の質量そのものを原子分解し、軌道を変える技術を持っていたのだ! なんという平和利用! それほどの技術がありながら、なぜ…」


「空間の歪み…次元の裂け目…」



レイカが、その言葉に顔を曇らせる。



「ビー玉のワープ実験を思い出すわ。彗星のような巨大な質量とエネルギーを持つ物体が、高次元空間に干渉しながら移動してきたとしたら…予測不能な次元震災を引き起こしたのかもしれない。物理法則そのものが、一時的に書き換えられてしまったのよ」



それは、計算で軌道を予測し、物理的に迎撃するという概念を超えた、対処不能な天災だった。

古代文明は、圧倒的な「未知」の前に滅び去ったのだ。


しかし、彼らが遺した記録は、さらなる謎を三人に提示した。

それは、文明崩壊のさなかに開発されたと思われる、一つの装置に関する記述だった。



『―――星の残滓(ざんし)は地を汚し、

 生命を蝕む死の光を放つ。

 我らは最後の希望を込め、

 原子の嘆きを鎮める唄を奏でる器(うつわ)を創りだした。

 その名は、コスモクリーナーD―――』



「コスモクリーナーD…放射能除去装置か!」



ダイスケの目が、再び輝きを取り戻した。



「彗星がもたらした残骸には、高レベルの放射性物質が含まれていたのだ! それに対処するため、彼らは反重力の究極応用技術を開発した!」


「反重力で、放射能を除去する…? どういう原理ですの?」



レイカが、懐疑的な目を向ける。



「超強力な反重力によって、原子核そのものを直接揺さぶり、強制的に放射性崩壊を誘発させるのだ! つまり、何万年もかかる放射性物質の半減期を、意図的に加速させ、無害化する! まさに、時間さえも操るに等しい、神の技術だ!」



ダイスケの語る理論は、あまりに常識からかけ離れていた。

しかし、三人の頭の中には、共通の疑問が浮かんでいた。



「なぜ、これほどの技術が、完全に失われてしまったのか?」




反重力爆弾、そしてコスモクリーナーD。




それらは、人類の未来を永遠に変えてしまうほどの、究極の遺産(レガシー)だ。

それが、なぜ一片の設計図も残さず、伝説の中にだけ存在するのか。


その答えは、まるで三人の思考を読んでいたかのように、「魂の記録装置」から静かに再生された。

それは、これまでの記録とは違う、個人的な、悲痛な響きを持つ声だった。



『―――我らは過ちを犯した。

 コスモクリーナーは、星の嘆きだけでなく、

 我らの魂の光さえも浄化しすぎた。

 力の代償は、我らが築き上げた文明そのものであった。

 この技術は、封印せねばならぬ。

 再び、人の手に余る力が、この星に災厄を招かぬように―――』



その声は、まるで遺言のように響き、そこで途切れた。




研究室は、重い沈黙に包まれた。




失われたのではない、自らの手で「封印した」のだ。


コスモクリーナーDは、放射能だけでなく、文明を支える何かも、あるいは人の心や魂に根差す何かさえも、「除去」してしまう、諸刃の剣だったのかもしれない。


アキラは、ふとダイスケの横顔を見た。

彼の目は、新たな技術への興奮ではなく、深い思索の色を浮かべていた。

彼が追い求めている力が、人類にとって本当に幸福をもたらすものなのか、自問しているかのようだった。



「先生…」



アキラが、そっと声をかける。

ダイスケは、ゆっくりと彼女の方を向き、そして隣に立つレイカの顔も見て、静かに言った。



「我々がやっていることは、もしかしたら、古代人が遺した警告を無視して、パンドラの箱をこじ開けているだけなのかもしれないな…」



初めて聞く、彼の弱気な、しかし誠実な言葉だった。


レイカは、腕を組み、静かに答えた。



「だとしても、知ってしまった以上、もう後戻りはできないわ。私たちは、科学者よ。真実から目を背けることは、最大の罪だわ」



その言葉に、アキラも強く頷いた。



「それに、古代の人たちが封印した本当の理由を、私たちはまだ知らないじゃないですか。それを知ることが、私たちの責任だと思います」




三人の視線が交錯する。




彼らが追い求めるのは、もはや単なる未知の技術ではない。

それは、古代文明が犯した過ちの真相であり、科学と人類の在るべき姿を問う、壮大な探求の旅となっていた。


そして、その旅の先に、封印されたはずの古代の力が、今もなお、密かに息づいていることを、彼らはまだ知らなかった。

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