第8話:魂の囁きと、ハードウェアの限界

『反重力ジャイロセンサー』の開発は、予想外の副産物をもたらした。


センサーのコア部分として組み立てられた高密度記録装置が、Nマシンの反重力場と共振し、奇妙な信号を発信し始めたのだ。

それは、人間の可聴域をわずかに外れた、脳に直接響くような、囁き声にも似たノイズだった。



「これは…! ただのノイズではないぞ!」



ダイスケは、ヘッドフォンでその信号をモニタリングしながら、恍惚の表情で叫んだ。



「ピクシーさんの声とは違う、もっと微弱で、もっと古い…まるで、遺跡の奥から響いてくる、古代人の魂の残響のようだ!」



彼は興奮のあまり、記録装置を研究室のメインスクリーンに接続した。


スクリーンには、複雑なパルス信号の波形が映し出される。

その波形の一部を拡大すると、驚くべきことに、それは人間の脳神経細胞、特に小脳の「プルキンエ細胞」の分岐パターンと酷似していた。



「見ろ! この構造! まさにゲートアレイだ!」



ダイスケが指し示す先には、無数のスイッチが並んだ集積回路のような、幾何学的なパターンが浮かび上がっていた。



「私の仮説通りだ! 小脳は遺伝子情報をプログラムする記憶装置であり、この装置は、古代人がその構造を模して作り上げた、魂の記録媒体なのだ!」



「偶然の一致でしょう。ランダムなノイズの中から、意味のあるパターンを見出そうとする、人間の認知バイアスですわ」



レイカは腕を組んで冷静に分析するが、その声にはいつものような確信がなかった。

彼女の目もまた、スクリーンに映し出された不可解な、しかし妙に秩序だったパターンに釘付けになっていた。


ダイスケは、二人の制止も聞かず、その「魂の囁き」を解析するため、さらに深く装置とNマシンをリンクさせた。



「古代人の叡智に触れるのだ! 彼らが残した魂のOSを、現代の我々が起動させる!」



彼がコンソールのエンターキーを押した瞬間、研究室の照明が激しく明滅し、スピーカーからノイズと共に、低く、古い、響き渡るような声が再生された。




『―――我らは、霊(たま)を器(うつわ)に宿す者。

この身体(ハードウェア)は借り物にすぎず、

魂(OS)こそが我らの本体なり―――』




それは、紛れもなく人間の言語だった。しかし、その古風な響きと、厳かな内容は、三人をその場に凍りつかせた。


アキラは恐怖で顔を引きつらせ、ダイスケの白衣の裾をぎゅっと握りしめた。

レイカは、科学者としての理性を総動員して、目の前の現象を理解しようと試みた。



「…録音された音声データが、何らかのトリガーで再生されただけよ。そうに違いないわ」



だが、次の瞬間、その声は、まるでレイカの思考を読んだかのように、再び響き渡った。



『―――疑う者よ。

汝が求める統一場理論の鍵は、重力、電磁気力、

そして我が力が異なる周波数帯を持つ、

同一根源の力であると知ることにあり―――』



「なっ…!?」



レイカの顔から血の気が引いた。統一場理論は、彼女が生涯をかけて挑んでいる、究極の研究テーマだ。

この核心を、なぜこの「声」が?


ダイスケは、恐れるどころか、まるで旧知の友と再会したかのように、喜びに打ち震えていた。



「そうだ! やはりそうだったのだ! 電気力、磁力、そして重力は、同じ力の異なる側面に過ぎない! そして、この古代の叡Nマシンは、その力を統合し、操作するための装置だったのだ!」



彼は、まるで導かれるように、研究室の動力室へと向かった。

そこには、Nマシンのエネルギー源として設置された、古めかしいが奇妙な形状の回転装置が鎮座していた。


現代の技術では考えられない、「低電圧で大電流を発生させる」という特性を持つ、ファラデーが発見した単極誘導モーターの発展形、ダイスケお手製の「Nマシン動力炉」である。



「現代の電子回路は、電圧で駆動し、電流を厄介なノイズとして極力排除するように設計されている。

だが、古代人は違った! 彼らは、大電流こそが重力を動かす鍵だと知っていたのだ! このNマシンこそが、力の統合を証明する遺産なのだ!」




ダイスケが動力炉に手をかけた、その時だった。



彼の背後で、アキラが小さな悲鳴を上げた。



「先生、ダメです! それ以上は!」



アキラの『身体感覚』が、危険信号を発していた。

動力炉から発せられる、目に見えないエネルギーの奔流が、彼女の肌をピリピリと刺す。

それは、ダイスケの身体という「ハードウェア」が、処理能力の限界を超えようとしているサインだった。



「先生の身体が、もたない! 熱暴走します!」



アキラの叫びと同時に、ダイスケの身体がぐらりと揺れ、その場に崩れ落ちた。



「博士!」「先生!」



二人の悲鳴が、古代の魂が囁く研究室に響き渡った。




未知のテクノロジーと古代の叡智は、現代人に大いなる福音をもたらすのか、それとも、その身を滅ぼす禁断の果実なのか。


物語は、ダイスケの意識の行方と共に、危険な領域へと突入していく。

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