第16話 カルペ・デュエム


辿り着いた城は、古城跡というには、壮観だった。ヨーロッパにありそうな城だった。ザ・ファンタジーを体現していた。私達は子竜の導きで、城門を潜り、居館と呼ばれる城の中央部の部分の入り口の前までやってきた。居館の前の庭園部分には、白い石で作られた像──鑑定で見たところユーノ像とのこと──が飾られた噴水とそこから円を描くようにアーチタイルで装飾された道が広がっており、手入れされた薔薇の低木が綺麗だった。しかも、不思議なことに、薔薇の色が金色でした。どうなってんだ。


「きゅう!」


くるりとその場で子竜が旋回する。すると、扉がひとりでに開き、赤髪の長身の男が頭を下げて出迎えてくれた。


「お待ちしておりました、勇者様。お嬢様がお待ちしております。」


その声音に、私は目を丸くした。どこからどう見ても、普通の人間にしか見えない。だが、デュエム嬢のこともあり、私は口元をパクパクとしながら、言葉を捻り出した。


「る、ルベルさんって、人型になれたんですね。」


私の言葉に、レッドドラゴンもとい、ルベルは噴き出した。愉快そうに笑って、ええ、と言って、改めて胸元に手を当て、頭を下げた。執事のような、まぁ、執事なんだろうが、とても優雅で気品のある姿であった。あの大きなドラゴンが、こんなにもミニマムになれるのか、と考えるとちらりと傍らできゅうきゅうと鳴く子竜を見る。お前も人型になれるんか?そういう期待で見ても、子竜に伝わることはなく、私の視線に首を傾げていた。何故か、ネレイドが私の思考を汲み取ったのか呆れたような表情を浮かべていた。お前、私の心が読めてるな!


パタパタと、階段を降りてくる音が聞こえてくる。デュエム嬢である。千草色に映える金色のオリーブの髪飾りがきらりと照明に照らされて輝いている。竜のお嬢様である。きゅう、と子竜が鳴いて、彼女の元に近寄っていく。彼女は満面の笑みを浮かべて、その子竜を迎え入れ、労うように頬を撫でた。そして、子竜はそのまま彼女の傍らにて浮いている。


「ムメイ様にネレイド様!お待ちしておりましたわ!……あら、司祭様もいらっしゃったの?お久しぶりでございます。」


「デュエム嬢、お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです。」


互いにカテーシーをする姿は、とても気品に溢れていた。きっと、上流階級ってこんな感じなんだな、っていう感想しか湧かない。住む世界が違うなとは思うが、とりあえず、自分が礼儀正しいと思う姿をしとけば、なんとかなると信じよう。礼儀は大切だって、色んな人が言ってたし!


「良ければ、先にお父様にお会いにならない?お父様も、ムメイ様やネレイド様に会いたいと言われていたの。」


くるりと、デュエム嬢はその場で回ってこちらを見る。特に断る理由もない上、デュエム公とは会いたかったので、了承した。どんな人だろう。マッドサイエンスって言ってたからちょっとビビってるんだけどね、ネレイドが。私じゃなくて、ネレイドが。


ビロードが敷かれた階段を登り、手入れされた花々の活けられた花瓶が置かれた廊下を歩く。


「そういえば、デュエム嬢は、私が勇者ってことを知ってましたよね?どうして?」


道すがら、雑談がてらに先日から気になっていたことをぶつけてみた。すると、彼女は振り返って、自身の右の瞳を指差した。


ですわ。そんな特色を持つ御方は、この世界には勇者様しかいないの。」


以前も似たようなことをカピトリヌスの杖屋の主人に言われたなと言うことを思い返しながら、なるほど、と頷いた。本当に、特殊な世界である。まぁ、私の世界でもオッドアイって言われると、猫とかくらいしか浮かばないのだけれど。それくらい、少数なのだということはわかる。創作世界ではかっこいい象徴なんだけどね。だいたいの強キャラが持っている。おい、私が持ってていいのか?


「そんなに珍しいの?」


「ええ。海のように空のように鮮やかなブルーは、神からの贈り物らしいわ。魔王時代は、魔人含めて、とても恐れられたそうよ。」


そうにこにこと笑顔を浮かべて答えてくれる彼女に、へぇと感嘆の声で返事をしていると、彼女は足を止めた。装飾がなされた豪勢な扉が待ち構えていた。


傍らに控えていたルベルが、ノックをすると、入っていいという男性の声が聞こえてきた。そして、ルベルが扉を開く。きっと、玉座のような場所なのだろうと息を呑んだ。


開かれた扉に置かれていたのは、眩いばかりの玉座──ではなく、魔法陣が描かれた床、各テーブルに積み上げられた本や巻物、中央のテーブルには、試験管のような器具が置かれ、中の液体がふつふつと蒸留の様子を見せている。しかし、壁を見ると、かつての領主の紋章なのか、剣と太陽が重なったような紋章が掘られていたり、天井には、神々の壁画が描かれている。


あ、リフォームしたんですね、という内装であった。多分、使い方違う。その時点で愉快ポイントを上げたくなった。


声の主はというと、器具の置かれたテーブルにて、試験管に液体を注いでいた。絹のような金髪に、ローサイドテールを三つ編みにしている髪型。顔には左目にモノクルがかけられていて、モノクルから除く瞳は、ガーネットのように赤く、瞳孔はデュエム嬢と同様に細い。そして、服装は白衣だった。ザ、研究者という出で立ちに、私は愉快ポイントをまた贈呈した。2ポイントである。容姿は若そうに見える。私と変わらないくらいにも見えるが、恐らく、100歳は超えている。ドラゴンってすごい。


彼は顔を上げ、私達を見た。手に持ったビーカーを起き、こつり、とテーブルの向こう側から足を踏み出した。デュエム嬢は、紹介します、と告げた。


「かつての勇者の敵、魔王が幹部、七大大公が一人、竜大公にして、我が父、カルペ・デュエムですわ。」


そう連なられた文言。私たちは胸に手を当て、頭を下げた。ガーネットのように赤く、鋭い瞳が私達を見る。敵意こそはないものの、背筋にゾクリとした寒気を帯びた威圧感のようなものを感じた。


「名をなんて呼んでも構いません。多くの肩書が名を連ねますが、自身が気にいるのは特にありませんから。改めて、カルペ・デュエムです。今代の勇者よ、娘を助けていただいたことに感謝します。」


そう彼は言い、軽く頭を下げる。そしてすぐに頭を上げると、フラスコの中の千草色に輝く炎のようなものを見た。自然と私もそちらへと向くと、静かに揺らめいていた炎が、少しだけ勢いを増して揺らめいた。


その様子をカルペ公は見逃さなかったようで、赤い瞳が煌めいた。そして、その瞳は冷ややかだったものを溶かすかのように柔らかくなった。ほんの、一瞬のことだったが。


「お父様、良ければ、ブラムのことをムメイ様たちに教えてもらえないでしょうか。」


「そうでした、あの男を消してくれるんでしたね。いいでしょう、ブラムの不死性は、その肉体に魂がない・・・・からです。」


先日図書館で調べたことの答え合わせのようで、私とエヴァユースは顔を見合わせた。そして、互いに頷くと、私は口を開いた。


「魂を繋ぎ止めるコアのようなものがあるのでしょうか。」


私の指摘に、少し驚いたように顔を上げた。そして、愉快そうに口角を上げた。その姿は、背筋に寒気が走るほどに美しかった。息を呑む。


「そこまでたどり着いたのですか。今代の勇者は少々、賢いようだ。あのは、賢者の石・・・・と呼ばれる魔法具と、魔王との契約を使い、自身を現世に括り付けているのです。」


そう言う表情は忌々しいと言わんばかりに嫌悪感に溢れていた。賢者の石・・・・と言えば、ファンタジー作品によくある不老不死の薬として挙げられる便利道具だ。錬金術で錬成するとのことだが、この世界は魔法で製作するのか。まぁ、錬金術も魔法と似たようなものだろうか。あの表情から見るに、嫌悪感を溢れているが、研究者なら、だいたいは喜んで研究対象にしそうなものだが、それとも───ブラムが生きていること・・・・・・・・・・・に嫌悪感を示しているのか。後者っぽいな。さて、深掘りをするべきか。なんだか、込み入ってそうな気がするんだよね。私の頭の中の上司が聞かなくていいのか、って言っているが、だいたいのファンタジー作品が物語っている。絶対因縁ある。大切な人系が関わってそうな気がするもん。だって、ブラム、絶対、大切な人の一人や二人奪ってそうだもん。え?憶測で物を言うな?だいたいの創作作品が物語っている!!世の中って、歴史を繰り返すんだから!


故に、気にはなるが、聞きたくはない。デュエム嬢を守ることと、エヴァユースの婚約者を助けるだけを背負うだけで自分は手一杯だ。勇者として情けない?知らないわ。人間、そう容易く人を背負えるように生きてないんだ。自分の両手に収まるだけの人生を歩むだけで苦労するのだ、それを歩むだけでどれだけの人間が苦しんでいる?人生というのは苦行なのだ。だからこそ、物語人生は美しい。私は短い人生しか歩んでいないが、そう思っている。


「では、その賢者の石を壊せばそのくびきは壊れますか?」


「魔王との契約がどのようなものかは私も知りませんが、理論上はそうなるでしょう。」



「じゃあ、探して壊したら消えますね。」


あっけらかんと言った私に、愉快そうにデュエム公は表情を変えた。口元に手を当て、その口角の右端があがっている。そして、それは、何処か懐かしそうなものを思い浮かばせるような瞳を浮かべていた。


「そうですか。勇者っていうのは・・・・・・・・変わらないんですね。」


何処か嬉しそうにふふ、と笑うデュエム公に、私は目を瞬かせてしまう。だが、彼はそんな私にも薄く笑って、そして、フラスコの中の炎へと視線をやった。フラスコの炎はゆらゆらと揺らめいていた。


「私のが言っていたことですが、あの男は、自身の宮殿に大事なものを隠したと、母から聞いたと言っていました。それが、手掛かりになるでしょう。」


あとは、知りませんと彼は言って、研究をしたいからと、私達はぽいぽいっと、追い出されたのだった。いや、最後にとんでもない爆弾を置いてから追い出すな!と、叫びたくなったが、扉は閉められたあとであった。

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