2話 狩り
進化してから、意識の“解像度”が上がった。
音は相変わらず聞こえない。目もない。けれど、地面の温度、湿度、生命の震え――そうした微細な情報が、根から、幹から、確かに伝わってくる。
この異世界に転生した時は、ただ「木」になったという感覚しかなかった。でも今は違う。
俺は、確かに“生きている”。
ステータスを開いて確認する。
⸻
【ステータス】
名前:カエデ
種族:魔植物(魔芽)
レベル:2
生命力:150/150
魔力:100/100
進化pt:2/100
スキル:
・吸収(養分補給)【Lv.2】
・養分変換【Lv.2】
・根操作【Lv.1】
⸻
新たに得たスキル【根操作】は、根を自在に伸ばし、意志を持って動かすことを可能にする。
ただし制限もある。今の俺が動かせる範囲は、幹を中心にして半径1メートル前後。木としての自分の大きさに比例して、範囲も操作性も変わるのだろう。
だが、それで十分だった。
これまでの“無差別に根を広げて偶然獲物に触れる”という運任せな狩りと違って、今なら狙って仕留めることができる。
(まずは試してみるか)
俺は魔力を使って、地中に根を伸ばす。根がわずかに動くだけで、内部から“消費”の感覚が生まれる。
【スキル《根操作》を発動しました】
【魔力を3pt消費】
【現在魔力:97/100】
根の先端が、土を静かにこじ開けるように広がっていく。周囲の小石、水分の流れ、微細な微生物の密度が明瞭に伝わってくる。
その中で、かすかに蠢く“熱”を見つけた。
(……いたな)
虫だ。3体。体長数センチ程度の、地表に近い場所をうろついている個体。
以前は偶然触れて吸収するだけだったが、今は自分の意思で絡みつける。
ゆっくりと根を近づける。動きを悟られないよう、呼吸をするかのようなリズムで。
そして――絡める。
【スキル《吸収》発動】
【対象:昆虫×3】
【合計生命力:8pt 吸収】
【魔力:94/100】
ぞわり、とした感覚が幹を満たす。命の“圧力”が流れ込み、自分の体を巡っていくのがわかる。
(やはり……前より吸収が早い)
スキルのレベルが上がったことで、吸収効率も上がっている。前は1秒1ptだったのが、体感で1.5pt近くに伸びている感覚だ。
今度は養分変換を実行する。
【スキル《養分変換》発動】
→ 魔力3ptを回復(使用分補填)
→ 残り5ptを進化ptに変換(累計進化pt:7/100)
(魔力を維持しつつ、進化ptも確保。効率は上々だ)
このリズムが重要だ。狩りと回復、そして成長。
魔力が尽きればスキルは使えない。動けない。吸収もできない。死ぬ。
だからこそ、常に“喰い続ける”必要がある――
「……止まったら、死ぬんだよな。俺は」
◇ ◇ ◇
異世界に転生してから、どれほど経っただろうか。
俺には昼夜の切り替えという概念が曖昧だ。感覚的に“日が昇って落ちる”回数は、たぶん四、五回。
地中での狩りは順調だった。虫、小型ネズミ、微生物。感覚が鋭くなるにつれ、狙った命を確実に仕留められるようになっていた。
変換によって得た進化ptは、すでに40を超えている。
次の進化には100ptが必要だが、そこまではあくまで“通過点”に過ぎない。
そして――今、俺の根が“異質な気配”を捉えた。
(これは……)
明らかに、これまでとは異なる。体温。心音。血の流れのようなリズム。
虫やネズミよりもはるかに“重い命”が、俺の根の感覚に触れている。
(これは、獲物だ……)
俺は根の先端をゆっくりと動かす。音はない。土の中を滑るように進み、対象へと近づいていく。
ぬらり、とした感触。
長く、柔らかく、冷たい表皮。
(……蛇、か)
地中に潜む長い胴体の生物。種族名はわからないが、生命力の量はネズミの倍以上。
生半可な根の締め付けでは、逃げられる。逃げれば、狩れない。狩れなければ、死ぬのは俺だ。
【スキル《根操作》発動(精密制御)】
【魔力5pt消費】
【現在魔力:89/100】
全神経を根に集中させる。
すばやく胴体に絡みつき、ねじり、圧迫し、動きを封じる。
蛇が暴れた。強い。
根が軋み、振動が伝わってくる。まるで木の幹ごと揺さぶられるような衝撃。
だが、ここで引けるか――!
「喰らえ!」
【スキル《吸収》発動中:対象が抵抗中】
【吸収速度:0.5pt/秒】
【吸収完了まで:約60秒】
長期戦になる。魔力の維持、根の耐久、そして集中力。全てが試される。
でも……それが、たまらなく“楽しい”と思ってしまう。
抵抗は激しかった。
蛇型の生物は、根に絡まれたまま全身をくねらせ、力任せに地中を暴れ回る。
だが、進化した俺の根はただの植物ではない。柔軟でありながらも、芯に魔力を通している分、強靭だ。
その魔力の消費も激しい。
【スキル《根操作》維持中】
【魔力:83/100 → 76/100 → 70/100】
吸収に要する時間は約60秒――その間、蛇が根を引きちぎらなければの話だ。
俺は、耐えた。
根をさらに強く締め上げる。暴れるたびに地中の岩に体を打ちつける蛇の体からは、生命力の“にじみ”のようなものが感じ取れた。
(あと少しだ……!)
魔力は70を切っていた。下手をすれば、魔力が尽きる前に根を破られ、獲物を逃す可能性がある。
でも俺は……負けない。
「俺は、“生きる”って決めたんだ」
逃がさない。絶対に。
この命を喰らって、次の“力”を得る。
――60秒経過。
【吸収完了】
【対象:大地蛇(小)】
【生命力:38pt 吸収】
体内に流れ込む圧倒的な命の奔流。
今までの虫やネズミとは比べ物にならない。重い。濃い。強い。
それが俺の幹を通り、芯へ、根へ、葉脈の隅々にまで広がっていく。
(これが……“強者の命”……)
震えるほどの力。
奪ったのに、なぜか体が喜んでいる感覚。
これまでただ生きるために喰らってきた俺が、初めて“狩った”という実感を得た。
【スキル《養分変換》発動】
→ 魔力:5pt回復
→ 進化pt:33pt加算(累計:40/100)
(よし……半分近くまで来たな)
心の中で小さく笑う。
たった1体の獲物からこれだけ得られるのなら、この先――さらに強い存在を狩れるようになれば、進化はもっと加速する。
俺は、そういう“存在”になった。
◇ ◇ ◇
その日を境に、俺の狩りは変わった。
ただ“生きる”ために喰らうのではない。
“成長する”ために、獲物を選ぶようになった。
魔力を消費して根を操作し、感知した生命の密度や鼓動から「強い命」を選ぶ。
以前の俺なら見逃していたような、大きめのネズミや地中モグラのような個体を、次々と仕留めていく。
根は確実に成長していた。幹の太さも増し、吸収スピードも上がっている。
それに伴い、魔力の消費量も増加しているが――今の俺にとっては問題ではなかった。
喰えば、回復できる。
奪えば、成長できる。
それが俺の“生き方”だ。
◇ ◇ ◇
ある時、ふと気づいた。
(……楽しい、って思ってるな、俺)
小さな命を絡めとって吸収する瞬間。
抵抗する相手を押さえつけて“飲み込む”時。
命が俺の中に流れ込むたびに、心の奥底で何かが震える。
それは……快感だった。
狩ることで、自分がこの世界に存在していることを実感する。
喰らうことで、“俺が俺である”という確信が強くなる。
たとえそれが、誰かにとって“悪”だとしても――
この世界では、それが“正解”なんだ。
「他者を喰らって生きる。
それが、俺の選んだ生き方だ」
ふと、地中の遠くから“強い振動”を感じた。
それは、これまでの虫や小動物とは明らかに違う、“異質な気配”だった。
(……なんだ? これは……)
根を慎重に伸ばし、その存在に近づこうとしたその時だった。
突如、俺の幹に“異常な熱”が走った。
(っ、ぐ……!?)
今までにない、内側からの疼き。
養分が、急速に何かに吸い寄せられていく感覚。
【進化ptが急増しています】
【現在進化pt:95/100】
(は……? なんで――)
状況を理解する間もなく、根の感覚が切り替わる。
それは“捕食対象”ではなく、“何か別の力”の発生源だった。
(……まさか、“魔物”か?)
だとすれば、接触は危険だ。だが、だからこそ、喰らう価値がある。
「面白ぇ……」
次の狩りが、次の進化が、すぐそこまで迫っている。
この命を燃やすような衝動のままに――
俺は、根をさらに深く、闇の中へと伸ばしていった。
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ここまでお読み下さりありがとうございます。
読者の皆様の評価と応援が、作者の養分になりますので、是非ともよろしくお願いします。
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