第5話
アーセンからの返答を受け取った後、マークは力なく椅子にもたれかかった。
「すまない……」
そう呟きながら、誰に向けるでもない謝罪の言葉を口にした。
そして、依頼人の番号に電話をかける。
「奥さんの件だが、実は手はある。ただし、君がその代価を支払えるかどうかにかかっている。」
突然の提案に、男は歓喜に震えた。まるで奇跡にすがるように、ためらいもなく答えた。
「ご要望には、全力で応じます!」
「まずは、指定した口座に前金を振り込んでもらう。それを確認次第、再度こちらから連絡する。具体的にやってもらうことは、その時に詳しく説明する。ただし、今回の依頼は危険度が高いため、前金は通常よりも高額になる。受け入れられないなら、これで話は終わりだ。金額については後ほど連絡するから、よく考えておいてくれ。」
男に考える余地は与えられず、電話は一方的に切られた。
相手が大金を要求してくることは容易に想像できたが、それでも――それでも受けるしかなかった。
まだ生まれていない子どものために。
そして、これからも妻と共に過ごす未来のために。
この取引を受け入れれば、日本を離れる目処が立つ。
その後、彼と妻はアメリカへ向かうつもりだった。
日本とは違い、アメリカの能力者たちは多くが海外出身だ。
アメリカは、かつての世界的な影響力を利用し、富と地位を餌に第三世界から多くの能力者を招き入れてきた。
現・世界最強の能力者であるティアゴ・シルバ・デ・レオンも、その一人である。
彼らの多くは貧しい国の出身で、能力者となっても贅沢な暮らしはできなかった。
だからこそ、アメリカの誘いを受けると、すぐに承諾した。
渡米が困難な能力者のために、特殊部隊まで派遣されることさえあった。
現在ではすでに多くの能力者を擁しているアメリカだが、それでも、能力者であれば即座にグリーンカードが取得できる数少ない国であり、
移民国家としての特性を持つアメリカは、能力者にとって最も移住しやすい国でもあった。
特に、国内出身の能力者が中心である日本などと違い、アメリカでは能力者の出産に関しても規制が緩い。
それもまた、彼と妻がアメリカを選んだ大きな理由だった。
そんな未来を思い浮かべながら、男の意識は太平洋を越えた。
大洋の向こうにそびえ立つ自由の女神像。
ニューヨーク・マンハッタンの摩天楼の間を駆け抜け、
サンフランシスコの金門橋にかかる朝霧の中へ、
ロサンゼルスの陽光降り注ぐ街角、
ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームに刻まれた星々の名のそばに、
シカゴのジャズと風の狭間に、
マイアミの青い空とビーチに――。
映画や夢の中で見た、遠くて懐かしい地名の数々。
ひとつひとつがパズルのピースのように繋がり、
まだ見ぬ「自由の地」への道筋を心に描いていた。
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