第8話 残念エルフ×2


「――他の女のニオイがしますわ」


 帰宅後。

 今日の夕飯の準備をしていると、いつの間にか私の部屋にやって来たミワが苦言を呈した。

 くんくん、っと。遠慮することなく私の服に鼻を押しつけてくる。特に二の腕を重点的に。パーティーのメンバーを決めるときにユリィさんが抱きついていた場所だ。こわい。


「はいはい。アホなこと言ってないで手伝ったら?」


「――ふっ、甘いですね優菜さん! 私は! 料理が! 下手くそなのです!」


「……レシピ通りに作らずフィーリングで材料やら調味料やらを変える人間は『下手くそ』じゃなくて『ただのアホ』と言うんだよ?」


「辛辣!?」


 自分の今までの行い(くっそマズい料理を量産)は棚に上げてショックを受けているミワだった。もちろん、その失敗作たちは責任を持ってミワに食べさせたけどね。


 アホの子は放っておいて夕飯の準備を始めてしまう。今日はアルーも定時で帰ってくると意気込んでいたので早め早めの準備だ。まぁまた何か緊急事態で残業になる可能性はあるし、むしろその可能性の方が高いんじゃないかって気がするけれど。


 今日のご飯は鍋。アルーとミワは好き嫌いが激しすぎ&肉好きと野菜好きで食べるものが違いすぎるのでこういうのが一番楽なのだ。アルーは野菜、ミワは肉、そして私は両方をバランスよく食べると。


 あとはスーパーで買ってきたお肉系のお総菜と、野菜系のお総菜。ほんとはこれも手作りしても良かったのだけど、さすがにそんな時間はない。専業主婦にでもなれば時間を掛けられるのだけどね。


「私が優菜さんを養って、優菜さんにたっぷりと時間を掛けた料理を作ってもらう……。素晴らしい未来だと思いませんか?」


「ミワはスーパーのお総菜と手料理の違いも分からないでしょうが」


「……ここで重要なのは優菜さんが毎日私のためにご飯を作ってくれることでして」


「違いが分からないことは否定しないのかぁ」


 というか、毎日ミワのためにご飯を作っているのは現状でも同じなのでは? まぁアルーのためにもご飯を作っているのだけど。


「優菜さんを独占したい乙女心、ご理解いただけませんか?」


 キリッとした顔で口説いてくるミワ。でも、私としては別のことが気になってしまう。


「乙女心?」


「……なんですかその『歳を考えろ』という顔は? いいですか優菜さん。エルフと人間では精神の成長性に大きな違いがあります。つまり、人間にとっての『乙女』期間と、エルフにとっての『乙女』期間は大きく違いまして……」


 若作り。

 年甲斐もなく。

 そんな言葉一つで済む説明を長々とするミワだった。


「――あひーん」


 玄関を開ける音がして、知的生命体とは思えない鳴き声が。どうやらアルーが(奇跡的に残業なしで)帰ってきたらしい。


 ちなみにここは私の部屋。当然のようにミワがいるし、当然のようにアルーが帰ってきたけど、私の部屋なのだ。


 ま、今さらだけどね。


「おかえりアルー」


「たーだーいーまー。うひーん疲れたよぉ~優菜~癒やして~」


 だっる~、っと。スーツ姿のまま抱きついてくる優菜だった。スーツがシワになるからまず着替えろといつも言っているのに。


「――ん?」


 いきなり『キリッ』とした顔になり、くんくんと私の身体に鼻を押しつけ、ニオイを嗅いでくるアルー。エルフには遠慮という概念がないのだろうか?


「――他の女のニオイがする」


 ミワと同じことをほざくアルーだった。なに? エルフってそんなに鼻が良いのだっけ?


「ミワのニオイじゃなくて?」


「そのニオイもするけど! 鼻がひん曲がりそうだけど!」


 ひん曲がりそうって。


「それとは別に! 別の女のニオイがするのよ! まだ若い個体ね! しかも混ざりもの・・・・・とは珍しい――」


「――てぇい」


 うかつな発言をするアルーの頭に軽く手刀を叩き込む私。


 混ざりもの。

 つまり、人間とのハーフって意味だ。良く言えばハーフエルフ。


「はい。アルー、正座」


「え、いや、あれは事実の指摘であって、別に差別的な意味合いはなくて――」


「正座」


「う゛、はい……」


 スーツ姿のまま正座したアルーに対し、お説教開始だ。


 正直過剰かなぁとは思うけど、アルーは公務員で、失言一つで懲戒処分されかねないからね。ここはちょっと厳しめに言っておこう。


 お説教なのでちょっと真面目な口調だ。


「アルー。今は日本と異世界が繋がり、これからどんどん『ハーフ』は増えていくことでしょう。たしかに今の時点でハーフエルフは珍しいかもしれないけど、異世界との繋がりを仕事にしているアルーがそのような発言をしてはいけません」


 懇々とお説教をする私と。


「……なるほど。やはりハーフエルフですか。日本では珍しいですわね」


 ちいさく呟くミワだった。異世界で使い慣れた『混ざりもの』ではなく『ハーフエルフ』と発言するあたり、油断ならない女性である。普段はダメダメなのに一線は踏み越えないというか。


「……優菜にお説教されるの、これはこれで……」


 またアホなことを呟くアルーだった。お望み通り、正座一時間コースかな?



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