4 布石
私の言葉はまだ途中だというのに、三人は子供の手を引っ張って我先に玄関へ向かって行きやがった。普通に考えて、貴族に対してそれはないだろう。いや、貴族云々言う前に人としてどうなんだ。
これには流石に私の口も引き攣ってしまう。それでも我慢したのは、まだ主人公一家が残っていた為だ。
「こ、公爵夫人様、どうぞこの子たちを宜しくお願い致します……」
「ええ、決して悪くは致しませんよ。ご安心なさってください」
「は、はい、ありがとうございます。それでは、わたくしどももこれにて……」
ニーナは最後までぺこぺこしながら部屋を退出して行った。なんというか、争いごとが苦手な気弱そうな女性だ。
少女たちにバイバイと手を振ったが、ヨツバには不安そうな顔で見て頭を下げるだけ、ミツバはもはや私を見ていなかった……なんでやねんなんもしてないやん!?
ぱたん、と静かに閉められた扉の向こうでがやがや騒がしかったが、暫くしたら静かにる。
私は部屋の奥の窓に向かった。そこからは玄関から正門に伸びるレンガ道が見え、帰っていく客の姿を見届けられる。
豪華な馬車に乗って帰るのは頭軽女とゼオンだろう。
その後を、先程の馬車とは打って変わって辻馬車が出てゆく。多分、男爵令嬢(子持ちだけど令嬢でいいのか?)とニーヴェルが乗っていたのだろう。
次いで礼金の入った袋の中身を見ながら歩く娼婦と、そんな母の後ろをただ付いていくケイレブが続く。
少し遅れて出たニーナたちは、三人仲良く手を繋いで帰っていった。
「……お客様方がお帰りになられました」
「そう。ご苦労様」
四組を見送ったパーシーが戻ってくる。私は彼を見ずに応えたが、窓に映るパーシーは苦虫を噛み潰したような顔をしているが、怒りのオーラと言うか、これから文句言うぞって感じがびんびんに伝わってきた。
まあ、彼の怒りは最もだし、説教を一通り聞いておこうと心構える。
「奥様」
「はい」
「旦那様を失って辛いお気持ちはわかります。しかし、なんの確証もなく、あの女たちの話を鵜呑みにして子供らを引き取るとお決めになったのはあまりに軽率なことではございませんか。しかも金貨三十枚という大金。あれは民が必死に働いて稼ぎ、支払ってくれた血税なのです。まさか、その価値をお分かりでないとは仰られませんよね?」
パーシー・カルシックは、トリスタン公爵家から連れて来られた執事だ。経済学等に秀でており、家のことなど考えずに女漁りばかりしている公爵家次男と、悠々自適に暮らしていた働くことを知らない能天気元王女という、ダメダメ領主夫婦の代わりに領地を運営してきた人物である。誰よりも金銭の価値を知っている彼の感情は嫌というほど伝わってきた。
「勿論、わかっている」
「っ、でしたら、」
「貴方も私を世間知らずのお姫様と思って接してくれて助かった。正直、私の演技力だけでは自信が無かったからね。きっと今頃彼女らも私も馬鹿な女だと思っていることだろう」
あまりに私があっさり答えたものだからパーシーが声を荒げかけた。それを遮って口を開く。
こちらも社畜とまではいわないが、前世では下っ端の勤め人。上のなんの根拠もない無駄遣いに怒る気持ちはよくわかっている。
しかし、一連の阿呆っぷりは、油断を誘う為の布石に過ぎない。
振り返って彼を見れば、私の言葉の意味が分からなかったのだろう、ぽかんとしていた。
「一先ず滑り出しは良好。だが、あまり時間を掛けてはいられない。あの男爵令嬢は一応貴族だし、家庭教師なだけあって聡そうだ」
「奥様……?」
「パーシー、この屋敷に秘密裏に情報収集を得意とする者はいるか? もしくは、そう言った者たちの伝手があるか教えてほしい」
「は? は、はい。勿論、公爵家にはそう言ったことを得意とする者もおりますし、その伝手もございます」
「では、その者たちを使って彼女たちことを調べてほしい。ライニール様との出会いは勿論、彼女たちの生い立ちや経歴など、周辺のことも含めて全て事細かに、一つとして取りこぼしが無い様に調べ上げてほしいのだが、可能か?」
「も、勿論でございますっ」
「では、頼む。彼女らが何かしら行動を起こす前に証拠を集めたいが、焦りすぎて油断しないように。怪しまれては元も子もないから慎重にな」
「かしこまりましたっ」
「それから、私はこれから考え事をする。暫く誰も入らないように」
「かしこまりました。皆に伝えておきます」
私の意図がようやく読めたのだろう。パーシーは目を輝かせ、少し興奮気味に頭を下げた後、速足で部屋を出て行った。
幾ら私がゲームクリアしてネタバレしているとはいえ、それはあくまで私の頭の中だけ。周りが納得するような因果関係の詳細と確固たる証拠がなければ私の妄想と片づけられてしまう。
今一番重要なのはケイレブ、ニーヴェル、ゼオンがライニールの子ではないという証拠を集める事。ミツバは姉と同じ血が流れてると思ってるわけだし、余計なことはしなくていいだろう。
それらを無事に素早く収集するには、私が何も知らない、何もできない馬鹿であると思わせなければならなかった。下手に「本当にライニールの子か確認する」とか言って警戒心を抱かせたら元も子もない。先程の様子であれば恐らく騙されてくれているはずだし、何よりお金に目がくらんでいる今がチャンスだと言える。
「……けど、金貨三十枚はやり過ぎたかな……」
元王女らしく、お金の価値を知らない馬鹿を演じてみたが、その金を使って証拠隠滅を図られたらどうしようと今更不安……。
あと、ゲームでは忠実で優秀なキャラがいたからいいけど、モブ扱いで名前もイラストも無かったから誰なのか見当もつかないので、きちんと欲しい情報が得られるのか。
とにかくピンからキリまで調べ上げるようにと重ねて頼んだつもりだが、公爵家の諜報員がどこまで優秀なのか……というか、一つ不安になったら、次々と心配事が浮かんでくる。
不安は表に出すことで緩和すると聞いたことがある。亡夫の仕事机に腰掛け、置かれていた紙とペンを取った。
私の不安は頭の中にあるゲーム情報だけで、作戦もなにも曖昧なことだろう。忘れない内にゲーム情報を書き出し、それを元にこれから為すべきことをきっちり纏めることにする。
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