第3話 ズキュンからのネット探偵って、落差すごくない?

──赤いドレスを着て、あの人と踊った夜のこと、私はきっと一生忘れない。


スカートの裾がくるりと舞って、足元の影まで幸せそうに見えた。モリスの手が私の背中に触れて、リードしてくれる。


顔が近い。うわ、近い。うわ、モリス。モリスぅ〜〜〜〜!!!


(キャサリン劇場・上演中)



「好きだよ」


「えっ?今何て?」


「君って──無理に着飾らないだろ?

そういう、肩の力が抜けてて、ありのままでいられる感じが、僕はすごく好きだよ。

ほら、僕もさ、根がナチュラルな人間だから」


「……?」


「だから、ありのままの君が好きだよ」


──ズキュゥゥゥゥン♡


BGM:某氷の女王の主題歌(脳内再生)


「私……今のままで、いいんだ……!」


「でもでもでもでも、好きって、どういう意味の好き?恋人として?結婚相手として?それとも──ナチュラリスト的な意味で?」


意味わかんなくて脳がバグってるのに、多幸感で脳内アドレナリンが沸騰している。


幸せ、幸せすぎて、IQがどこかに消えてる。すごい。恋って、怖い。





──数日後、某外資系ホテルのラウンジ。


「ねえ、あなたたち、最近どうなの?」


叔母さまのボイスが晴れやかな空気に楔を打ち込む。


「あ……はい、まあ……」


「キャサリン、恋ってすてきよ。人生って、行動あるのみ!私なんて……昔からそうだったの。迷ったときは、まず進む!」


──いや、最近迷ってる様子すらなかったですけど。


「私ね、昔から言われたの。猫ちゃんみたいって」


うっとりした声で、おばさまはカップを口元に運ぶ。


「気まぐれで、ちょっと人の言うこと聞かなくて、でも気に入った相手にはスリスリするの。──そういうところが、男心をくすぐるんですって」


私、絶句。


「モリスくんも、そういう女性がきっと好きなのよ。ね? キャサリンも、猫ちゃんみたいにいかなきゃダメよ」


ちょ、待って。

私、どっちかっていうと──


飼い猫じゃなくて、箱入り文鳥なんですけど!?


「私たちのときは、告白されたら、その日にお返事してたのよ。好きならすぐYes!嫌ならNo!恋って、瞬発力!」


どんな昭和のスピード婚事情ですか、それ。


「あの……」


横から、ぽつんとマリアが口を開いた。


「モリスさんって、今お仕事、何されてる方なんですか?」


その一言に、私の心拍が跳ねた。


「え……」


えっ、えっ、ちょ、待って。私、知らないかも。ていうか、聞いてないかも。


だって……だって、初日に言ってたじゃない、「今はスタートアップの準備中でさ」って。


あのとき私は「すてき……」って思ったんだよ? うん、たしかに言ってた、言ってた……気がする。


いや、言ってなかったかも。でも、言ってたような気もする。


あれ……?


でも、モリス様だし……優雅で、自然体で、なんか“尊くて”──


「……まだこれからって言ってたわ」


「そう……なんですね……」


マリアの目が、ほんの少しだけ鋭くなった気がしたのは気のせいだろうか。




──その夜、父の書斎。


ドアが少しだけ開いていた。


なかでは父が黙々とパソコンに向かっている。


背中が怖い。


いや、なんか……怒ってるというより、集中してるっていうか、張り詰めた空気がすごい。


こんなふうに言うと失礼だけど、父の集中力ってちょっと異常なのだ。


私は音を立てないようにそっと通り過ぎようとした。……のに。


画面が、見えちゃったんですよね。


いやいやいや、見る気はなかった! でも、たまたま視界に入っちゃったの! だって──


「……Facebook?」


しかも、モリス様のアカウント。


え、何してんの、お父様。


っていうか、普通に見つけてるのすごくない?


どうしよう。


声かけようかと思ったけど、なんか呼びかけちゃいけない気がした。


そのまま私は部屋に戻った。


ベッドに入って眠ったふりをして。


いや、実際、眠れなかったけど。





翌朝、お父様は朝一番で「今日は学会がある」と言って出かけていった。


──それにしても、珍しい。


あの几帳面なお父様が、書斎のパソコンをシャットダウンし忘れていた。


「お父様、めずらしくうっかり……?」


私はなんとなく机に近づいて、スリープ状態だったパソコンにそっと触れる。


パッ──


画面が立ち上がる。


……アメブロ?


そこには、ブラウザのタブがひとつ。

まぎれもなく、ブログ画面が表示されていた。


タイトルは──


《ローズマリーの部屋*日々のこととか、弟の話とか♪》


「……弟?」


思わず小声が漏れる。


最新記事のタイトルが目に入る。



《弟は、夢を追ってます!でもお金が……涙》


……。


なにそれ。


めっちゃ気になるんですけど。


手が震えるのをこらえながら、私はそっとスクロールした。


出てきたのは、あのモリス様と思しき男性と──女性のツーショット。

やたら仲良さげな距離感で、しかもポーズ決めてる?


斜め45度。微笑み。

そして眉を上げたまま、唇が半開き。


お父様が「チャラい」って断言しそうなやつだ。いや、これは……チャラい通り越して、もう芸風。


記事はかなり長文だった。


「うちの弟は昔から夢を追うタイプで……でもそれで人に騙されたこともあって……。

家族として支えたい気持ちはあるんですが、正直きついです……。でも、信じたいんです、あの子の未来を。」


……なにこれ。家庭内クラウドファンディングの募集記事??


でもって──


問題はその下。


コメント欄をスクロールしたとき、私は……心臓が止まりそうになった。


「弟さんのことで、ご苦労されたんですね〜。

それでも支え続けてこられたご家族のご努力に、頭が下がります。(S.D.)」


S.D.。


いやいやいやいや、待って待って。


これ、うちの父が使ってるSNSのアカウント名と──完全一致。


ちょ、ちょっと待って。


お父様……コメント、残してる……!?


いや待って、モリス様のお姉さんとネッ友!?


しかも、めちゃくちゃ丁寧で嫌味なやつ。


いやもう、何が怖いって……


本当に怖いのは、娘が出会った相手の姉にたどり着いて、コメントを残す勇気と技術があるってことなんですよ。


ていうか、お父様──


ネット探偵にもほどがあるんですけど!




(つづく)

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