ひよっこキャリア明智くんの名推理

夢見楽土

第1章 明智くんの初捜査

第1話 明智と小林

 警視庁赤羽南あかばねみなみ警察署刑事課刑事総務係長の小林こばやし英夫ひでお警部補は、自席の後方から刑事課長に呼ばれ、小さくため息をついて立ち上がった。


 後方の応接セットには、強面の刑事課長と大柄な交通課長が向かい合って座っており、交通課長の隣には、黒のスーツを着た小柄の若者がちょこんと座っていた。


 二十歳前後だろうか。清潔感のある自然な髪型に、整った顔立ちは中性的で、青年というより美少年といった方がしっくりくる。昼休みに廊下で女性職員が何やら集まってキャーキャー話していた理由はこれか……


「小林係長、ほら、早くこっちに座って」

 

 手招きする刑事課長に、いいえ結構ですと言いたい気持ちをぐっと抑えて、小林は応接セットの刑事課長の隣、若者の向かいに座った。くたびれたソファーのせいで、すぐに腰が痛くなる。


 刑事課長に呼ばれた理由は分かっていた。応接セットの会話は丸聞こえだ。面倒なので聞こえないふりをしていたのだが。


「聞こえていたかもしれないが、今日付けで着任した警察庁の明智警部補だ」


明智あけち慧一郎けいいちろうです!」


 刑事課長の紹介を受けて、向かいの若者が元気よく挨拶した。笑顔がまぶしい。

 警察庁の警部補でこの若さということは、大学出たてのキャリア様か。そして、名前が気になる。


 刑事課長が話を続けた。


「明智警部補には、まず交通課で研修を受けてもらう予定なんだが、ここ最近大きな交通事故が続いただろ? 交通課の人手が足りないらしい。それで、うちの課から明智警部補の指導係を応援で出して欲しいんだとよ。押し返そうとも思ったが、交通課にはこの前の捜査で借りがあるしな」


 交通課長が大袈裟にうなずき、刑事課長が小林の肩にポンと手を置いた。


「という訳で、小林さんにその指導係をお願いしたい。小林さんは交通課経験もあるしな。署長にも相談したが、明智探偵のサポートには小林少年が一番ということだ。まあ、小林少年というより小林中年だがな……冗談はさておき、よろしく頼む、な!」


「よろしくお願いします!」


 明智が元気よく立ち上がって一礼した。小林の肩に置かれた刑事課長の手にグッと力が入る。


 小林は、引きつった顔で「分かりました」と言うしかなかった。



 † † †



 小林は、明智を連れて廊下に出た。交通課へ向かう。


「ったく、何が小林中年だよ。俺だってそこまで暇じゃないんだけどな」


 廊下を歩きながら愚痴る小林に、明智が申し訳なさそうに頭を下げた。


「ご迷惑をおかけしてすみません……」


 それを聞いた小林は、頭を掻きながら苦笑した。


「あー、すまん、すまん、気にしないでくれ。よろしくな。明智くんはやっぱり東大なの? 出身はどこ?」


「大学は東大ですが、出身は京都です。銀閣寺の近くですね」


「銀閣寺ね、大昔に修学旅行で行ったよ。いいところだよな。そういえば、京都出身なのに関西弁じゃないんだな」


「学生時代の4年間をこっちで過ごしたからでしょうか。家族や地元の友達と話すときはそうではないのですが」


 などと他愛のない話をしながら廊下を歩いていると、すれ違う職員、特に女性職員の視線を感じる。もちろん明智に対するものだが、当の本人はまったく気にしてない。というより気づいていないようだ。女性の視線は当たり前すぎて認識すらされないということか。


「さ、ここが交通課……って明智くんは刑事課に来る前に寄ってるか。とりあえず奥の資料保管室へ行こう」


 小林は資料保管室のドアを開けた。照明のスイッチを入れる。

 窓のない部屋はほこりっぽく、壁にはロッカーが取りつけられ、分厚いファイルが押し込められていた。空きスペースにはホワイトボードや古い資料が雑然と置かれていて、部屋の中央にはガタのきた長机とパイプ椅子が置かれていた。


「相変わらず汚いなあ」


 小林は、そう言いながらパイプ椅子に座り、遠慮がちに立っている明智にも座るよう促した。


「さてと、とりあえず今日は交通課の捜査資料でも読んで勉強するとしようか。どういったものが読みたい? 許可は取ってあるから遠慮しなくていい」


「ありがとうございます! それじゃあ、一般的な交通捜査の記録と、失敗例といいますか、難しかった捜査の記録を読んで比較してみたいです」


「さすが東大卒のキャリアは言うことが違うなあ」


 小林がからかうと、明智が頬を赤らめうつむいた。


「冗談だ冗談、そんな顔するな、でもお世辞抜きに良い判断だよ」


「ありがとうございます!」


 明智の顔がパアッと明るくなった。あまりにも自然なその笑顔に、こっちも嬉しくなる……って、これじゃあ指導にならんな。どうも調子が狂ってしまう。


小林は、そんな内心を明智に悟られないよう、無理矢理真面目な顔になって言った。


「よし、それじゃあ、き逃げ事件でも見てみるか。ただ最近の検挙率は100%近いだろうし、失敗らしい失敗はないかもしれんが」


「ありますよ~」


 突然、ドアの方から若い女性の声がした。

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