ゴミがお似合いと追放された【修繕士】王子、辺境山でガラクタ直してたら古代の神宝を再生し最強の要塞を築いてた

広路なゆる

01.修繕王子、追放される

 クライフェルト王国の神殿は静寂に包まれていた。


 今日は「神託の儀式」の日であった。

 それは、この国に生まれた全ての子供が十歳になるときに受ける儀式だ。

 神から生涯一度きりのスキルを授かる。そのスキルがその後の人生を決定づけると言っても過言ではない。


 第三王子であるシューゼ・フォン・クライフェルトもまた、その運命の岐路きろを迎えていた。


 緊張によりシューゼの心臓は強く鳴っていた。


(お願い……! どうか……戦えるスキルを……!)


 この国は魔物との戦いや、好戦的な隣国との睨み合いにより常に武力を必要としている。

 だから、強い戦闘スキルこそが正義であり、絶対的な価値を持つ。

 兄である第一王子が持つ【聖騎士】のように強力なスキルでなくてもいい。

 せめて王族として恥ずかしくないスキルがシューゼは欲しかった。


「……次、第三王子シューゼ様、前へ」


 神官の静かな声に、シューゼは小さく肩を揺らす。

 ごくりと唾を飲み込み、祭壇の中央に置かれた大きな水晶玉へと歩み寄った。


 水晶の隣には一人の女性が立っていた。

 今日の鑑定役を務める宮廷鑑定士である。

 肩くらいまでの美しい銀の髪の若い女性だ。

 その銀髪の鑑定士の少女も王族の儀式という大役に、固い表情を浮かべていた。


 シューゼは緊張しながらも、ひんやりとした水晶に両手を触れた。


 その瞬間、水晶が強い光を放ち始める。


 そして、次第に光が収まっていく。


「強い光だった……」

「これは……」


 周囲の声はにわかにざわつく。


 そんな中、銀髪の鑑定士の少女は緊張した様子で水晶が示す鑑定結果を読み上げる。


「……第三王子シューゼ様の授かりしスキルは…………【修繕士】でございます」


(修繕士……?)


 シューゼの頭は真っ白になった。

 全身の血の気が引いていくのがわかる。


(修繕士……? そんな……嘘だ……)


 確かに、シューゼは昔から壊れたものを直すのが好きだった。

 侍女がうっかり落として割ってしまったブローチを、こっそり接着剤で直してあげたら、涙を流して喜んでくれた。

 兄が訓練で壊して捨てた木剣を、丁寧に磨いて補強し、近衛兵の子供にあげたら、宝物みたいに抱きしめてくれた。

 その他にも、あれやこれやと傷んだものを見つけては、直さずにはいられない。そんな子であった。


 そうして物を直し、人を笑顔にできることは、誇らしいことだとシューゼは感じていた。


 だが、まさかそれが……スキルになってしまうなんて……。


(ここは、戦うことが全ての国だ。修繕士なんてスキルじゃ……きっと戦えない。魔物も倒せないし、国も守れない。僕は……王族失格だ……)


 シューゼの背筋に悪寒が走った。


 恐る恐る周囲を見渡す。

 案の定、貴族たちがひそひそと笑い声を漏らしているのが見えた。


「ははっ……! 修繕士だと……?」


 一番大きな声で笑ったのは、兄で第一王子のレオンハルトだった。

 その顔には、隠そうともしない侮蔑の色が浮かんでいる。


「まさかここまでとはな! ガラクタがお友達か? さすがは将来を嘱望しょくぼうされた我が弟だ!」


 兄レオンハルトの言葉がシューゼの胸に突き刺さる。


 シューゼは視線を父に向ける。

 すると、そこには氷のように冷たい表情があった。

 深い失望と怒りをたたえた瞳は、汚物でも見ているかのようであった。


「……王家の恥さらしめが」


 低く、怒りの感情がこもった父の声。

 その一言がシューゼの胸に突き刺さる。


「戦闘スキルですらないとはな……」

「これではお世継ぎ争いとは完全に無縁」

「いやはや、第三王子で幸いでしたな」


 貴族たちの心無い言葉が、容赦なくシューゼの心を抉っていく。


 神殿の空気は凍りついていた。

 儀式は終わったはずなのに、誰もその場を動こうとしない。

 ただ、国王の怒りだけが、その場を支配していた。


「……【修繕士】だと?」


 父の声が神殿に響き渡る。


「王家に連なる者が戦闘にも寄与せぬガラクタいじりのスキルとは……。我がクライフェルト王家の歴史に泥を塗る気か!」


 怒声が去来する。


 しかし、あろうことか国王の怒りはシューゼだけでは収まらなかった。

 その視線が、シューゼの隣で震える銀髪の鑑定士の少女へと突き刺さる。


「……おい、鑑定士」


「は、はい……!」


 銀髪の鑑定士は悲鳴のような声を上げた。


「貴様の鑑定が……間違っているのではないのか……? 王族がそのような低俗なスキルを授かるなど……ありえん。これは何かの間違いであろう!」


(なっ……!?)


 それは理不尽な難癖だった。

 鑑定士は神託の水晶が示した結果を読み上げたに過ぎない。

 だが、絶対権力者である国王の前では、そんな正論は通用しなかった。


「も、申し訳ございません……! しかし、水晶には確かにそう……」


「言い訳は聞かぬ! 貴様の無能により王家の威信は傷つけられた! 衛兵! この者を捕らえよ!」


 国王の号令に銀髪の鑑定士は顔を歪めた。


 その時だった。


「……待ってください」


 か細い、けれど凛とした声が、静寂を破った。

 声の主はシューゼだった。


 皆の視線が、一斉にシューゼへと集まる。

 シューゼは国王を真っ直ぐに見上げた。


「彼女は……この人は、水晶に書かれたことを読んだだけです。無能なのは僕であって彼女ではないはずです」


 それは、生まれて初めての父への反抗だった。


 鑑定士の少女は信じられないというように目を見開いてシューゼを見つめる。


 一瞬の沈黙の後、国王の顔が怒りで赤黒く染まった。


「……ほう。出来損ないの分際で、この余に口答えをするか」


「……間違っているのは父上です」


「黙れ!」


 雷のような一喝がシューゼの言葉を遮る。


「その生意気な口、二度と利けぬようにしてくれる! シューゼ! 貴様はもはや我が子ではない! 第三王子の座を剥奪し、王籍から名を除く!」


 国王は更に続ける。


「貴様のようなゴミには、お似合いの場所がある。北の辺境『ヴァスト・ヘイム』へ未来永劫、追放とする!」


 ヴァスト・ヘイム――『虚ろなる世界』。

 それは、あらゆる廃棄物が捨てられる不毛の土地だった。


「世間では、『ガラクタの山』と呼ばれているそうだな。よかったじゃないか? 領地を貰えて……。せいぜい、そこでゴミと戯れて暮らすがよい!」


「……わかりました」


 シューゼには不思議と後悔はなかった。


 鑑定士の少女は自分を庇ってくれた小さな王子を、唇を噛みしめながら見つめていた。


 ◇


 神殿から自室に戻ったシューゼは、一人、静かに荷物をまとめていた。

 と言っても、まとめるほどの荷物などほとんどなかった。


 豪華な天蓋付きのベッド。

 美しい刺繍の施された衣服が並ぶ衣装棚。

 壁に掛けられた高名な画家による絵画。


 どれも、もうシューゼのものではない。


(持っていくものなんて、何もないな……)


 シューゼは普段着に着替えると、小さな布袋を一つだけ手に取った。

 その中に入れたのは、たった一つ。

 机の引き出しの奥に、大切にしまっていた小さな肖像画。

 優しく微笑む、今は亡き母親の姿が描かれていた。


(ごめんなさい……お母様……)


 シューゼはふと思う。

 母親が生きていたら、こんなことにはならなかっただろうか。

 いや、きっと同じだ。この国では、スキルが全てなのだから。


 シューゼは母親の肖像画が入った袋を、ぎゅっと胸に抱きしめた。


 やがて夜が明ける。

 部屋の扉が控えめにノックされた。


「……時間だ」


 扉の外から男の声が聞こえる。

 今日からシューゼを「ガラクタの山」まで護送する一人の護衛兵だった。


「こちらへ」


 連れていかれたのは、いつも使う王城の正門ではなく、ほとんど使われていない裏門であった。


 門の前には、一台の馬車が停められていた。

 しかし、見送る者はいなかった。

 あれほど大勢いた侍女や兵士たちの姿は、どこにも見当たらなかった。

 まるで、シューゼという存在が最初からこの城にいなかったかのように。


 護衛の兵士は、シューゼに何も言わず、無言で馬車の荷台を指さした。

 客席に乗ることすら、許されないということらしかった。


 シューゼは黙って荷台に乗り込む。

 馬車が、ガタン、と大きな音を立てて動き出した。


 ゆっくりと遠ざかっていく生まれ育った王城。


 シューゼは振り返らなかった。

 ただ、膝の上に乗せた布袋を強く……強く握りしめていた。


 ◇


 馬車の揺れがふと止まった。


「……着いた。降りろ」


 荷台のほろが乱暴に開けられ、護衛の兵士が感情のない声で告げる。

 シューゼは言われるがまま荷台から地面に降り立った。


 見えたのは荒野だった。

 護衛の兵士は、最後にシューゼに軽く頭を下げ、馬車の向きを変える。


 やがて、馬車は去り、後にはシューゼと吹き抜ける風の音だけが残された。


(本当に……一人になっちゃった……)


 シューゼは振り返り、ゆっくりと崖の下に広がる景色に目を向けた。


 そして……息をのんだ。


 目の前に広がっていたのは、おびただしい数のガラクタの山だった。

 錆びた武具、壊れた農具、用途不明の機械の部品、欠けた食器、古びた金属……。

 ありとあらゆる廃棄物がそこにあった。


 ここが、ヴァスト・ヘイム。通称『ガラクタ山』である。


 絶望がシューゼの心を支配する…………はずだった。


 しかし、


「え……? いいの? こんなに?」


 シューゼの口から、思わず感嘆の声が漏れた。


 瞳が、キラキラと輝き出す。


(見たこともないガラクタが……たくさん……! あの歯車は、どんな機械の一部だったんだろう? あっちの壊れた人形、直せるかな……?)


 だが、シューゼははっと我に返った。


(……何を考えてるんだ、僕は)


 シューゼは、ぶんぶんと首を振って、心に浮かんだ興奮を打ち消そうとする。


(これからここで、一人で生きていかないといけないのに……。喜んでいる場合じゃない……!)


 ここは、ただの、ゴミの山……ゴミの山……。


(……決して……決して……宝の山なんかじゃ……ないよ!)


 どんなに自分が絶望的な状況と言い聞かせても、やっぱり瞳が輝いてしまっていた。


 そんなシューゼは、ガラクタの山の麓へと、おそるおそる歩み始めた。

 追放先での、記念すべき第一歩だった。



 =====

 次話、初めての修繕!

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