第2話
今朝は曇っていた。
雲のせいで少し暗い教室は、なんとなく落ち着く。
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「『心』はどこにあると思いますか?」
教師の声に、何人かのクラスメイトが顔を見合わせる。
道徳の時間。今日はAI倫理の一環として、『人間の心とは何か』というテーマで授業が行われていた。
「心臓ですか?」
「いや、脳だろ。感情とか全部あっち系でしょ」
「でも、そういうのって、ロボットにもつけられるんじゃないの?」
「ってか、『心がある』って誰が決めんの?」
机の上で指を組みながら、僕はなんとなく、話を聞いていた。
いや、耳には入っていたけど、どこか遠くで響いてるだけだった。
「じゃあ、ハルくんはどう思いますか?」
不意に、僕の名前が呼ばれる。教室がわずかにざわつく。
少しだけ間を置いてから、僕は言った。
「……わかりません」
教師は優しく笑っていたけれど、クラスの誰かが「らしい」って呟いたのが聞こえた。
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放課後、昇降口で靴を履き替えていると、花音ちゃんがとなりに来た。
手にしたスマホには、見慣れたニュースのロゴ。
「ハルくん、またヒューマノイドの暴走だって。今度は中国の企業製らしいけど」
「……そっか」
「あのさ、ハルくんって、たまに『人間じゃないみたい』って言われない?」
唐突な質問だった。でも、花音ちゃんは悪意なく聞いている。
僕は少しだけ考えてから、微笑んだ。
「それ、褒めてる?」
「んーん、ちょっとだけ寂しいって思っただけ」
花音ちゃんはそう言って、ピースサインを残して帰っていった。
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夕方、家に戻ると、いつものように甲斐が出迎えた。
今日はグレーのパーカーにエプロン姿。髪は相変わらず爆発してる。
「おかえり。手洗え。んで飯」
「……ただいま」
テーブルには焼きサバ、味噌汁、卵焼き。和風だった。
「卵焼き、今日甘くない」
「朝『甘いのくどい』って言ったの、お前な」
「でも今日の気分は甘いだった」
「……お前なぁ」
甲斐は不満げにため息をつきながらも、僕の湯飲みにお茶を注いだ。
それを見て、胸の奥が少しだけ痛くなった。何かを言いたいのに、言葉にできない。
「ねえ、甲斐」
箸を置いて、口を開く。
「なに」
「……僕のこと、どう思ってる?」
「は?」
「きみ、僕のこと、本当はどう思ってるの?」
沈黙。
甲斐はしばらく黙って、目線を逸らした。
「なんだよ。急に」
「ねえ、教えてよ。僕はマリアの代わりなの?
それとも、きみにとってはただの……責任?」
その瞬間、甲斐の眉が僅かに動いた。
でも彼は、何も言わなかった。ただ黙って食器を片づけ始めた。
「……なんでもない。もういいよ」
言った自分が一番わかってる。これは、答えがほしいんじゃなくて、ただ、
『怖い』だけだ。
**
夜。
眠れなくて、外に出た。
ほんの少しだけ歩くつもりだった。
近くの公園、街灯の下。誰もいないブランコに座る。
そこで、彼に会った。
「あれ?またきみか」
あの男だった。甲斐にそっくりの、でもどこか狂った目をした男。
手には何も持っていなかったけど、血の気のない声だけで、十分に怖かった。
「ねえ。きみ、心ってどこにあるか知ってる?」
僕は言葉が出なかった。
「僕ね、ずっと探してるんだよ。でもどこにも、ないの。
だから、もしかして、きみが持ってるのかなって」
笑ってた。
でも、笑ってる目じゃなかった。
足が震えて動かない。息が苦しくて、喉の奥が震えたそのとき。
「……ハル!!!」
甲斐の声が、雷のように響いた。
男はこっちをちらりと見たあと、ふっと背を向けて、闇に紛れて走り去った。
甲斐が駆け寄って、僕を抱きしめる。
無言で、ただ、その金属の体温で。
僕はようやく、声を絞り出した。
「……怖かった」
**
次の日の朝も、晴れていた。
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