第0話
「初めまして。わたしはマリア。『M-K0改』、自己紹介して」
あのときの俺には、『初めまして』の意味すらわかっていなかった。
累々と積まれた書類の山の前で、にっこりと微笑む、白い可憐な花のような女性。それが、俺の一番古い記憶。
「初めまして、マリア。俺は『M-K0改』」
「あなたのこと、わたしたち『改』って呼んでいたの。名前をつけてあげる。うーん、そうね。『カイ』……『甲斐玲』なんてどう? 『玲』って『汚れのない美しさ』って意味なのよ」
久遠マリア、27歳。天才的なロボット工学、AI開発者。人間介助型の高機能ヒューマノイドロボット……介護・教育・災害救助・心のケアまで対応できる『心のあるロボット』の開発を目指していた。マリアは研究所を『あなたの家』と呼び、研究所員たちを『家族』と呼んだ。
彼女の開発したAI技術は軍事利用や利益搾取に転用可能だった。だが彼女自身はその使用を強く拒み、倫理的立場を守り抜こうとしたため、企業系犯罪組織の手によって殺害され、脳を別の身体に移植された。
**
俺が訓練から帰ってくると、家は荒らされ、家族たちはみんな血まみれで床に倒れていて、マリアの姿はなかった。俺は以前からマリアを狙っていた組織の研究所へ単身潜り込んだ。そこには、マリアの研究データと、脳移植の研究データがあった。
地下のラボには、マリアの亡骸と、まだ年若い少年の身体が並んで横たわっていた。
俺は持てる力の全てを使って研究所を破壊した。
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次に目を覚ました時、俺は政府機関によって拘束されていた。
「不法侵入、器物損壊、きみの犯した罪は決して軽くはない。しかし、情状酌量の余地はある。我々の命令に従うと約束してくれたら、きみの罪を赦そう」
「……なんだよ、命令って」
「きみが不法侵入したラボの地下に眠っていた少年、我々は『ハル』と呼んでいるのだがね、そのハルを守ってほしい」
「……あのガキの脳の一部は、マリアのものだ。命令なんかされなくたって、俺が守る」
「いい返事だね。OK、これから、きみとハルは『兄弟』だ、いいね」
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「きみが甲斐玲?」
ハルはそう言って俺を頭のてっぺんから足の先まで眺め回した。
「……髪の毛ぐしゃぐしゃ。もっと見た目に気を遣った方がいいよ」
「お前はもっとヒトの気持ちを考えてしゃべった方がいい」
「は、なにそれ。きみはヒトじゃないじゃん」
「……偽装するつもりならもっと上手くやれってことだよ」
俺がそう言うと、ハルは唇を尖らせた。
姿も中身も幼い。幼すぎる。マリアとは違いすぎる。
見た目も声も態度も全部、俺が知っていたマリアとはまるで別人だ。
だけど、マリアの心が少しでも誰かに受け継がれていくのなら。
俺は、それを守るだけだ。
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