TWIN HEART
705
第1話
晴れた朝は嫌いだ。
何もかも暴こうとしてるみたいで。
**
ブランケットの下で寝返りを打つ。
もう一眠りしたかったけれど、それはやつの声に邪魔されて果たせなかった。
「いつまで寝てんだよ、ハル。遅刻すんぞ」
扉を少し乱暴に開ける音。
部屋のカーテンが容赦なく開けられる音。
「目は覚めてる。起きたくない」
「寝言は寝て言え」
ブランケットが剥がされる。眩しい光を背に、エプロン姿の甲斐が立っていた。
甲斐は僕の額に手を当て、「35.8度、平熱。血圧、心拍数、脈拍正常。学校行けんな」と言った。
「行くよ」
僕は仕方なくベッドから降りた。
リビングには食事のしたくが出来ている。
レタスとハムが添えられた目玉焼き、バターが塗られたトーストにコーヒー。
「……コーヒー、苦い」
「あ? 前は『苦めがいい』っつってたろ。だから加糖率8%下げたんじゃん」
「でも今日は甘いのが良かったんだよ!」
「知るかよ、エスパーじゃねえんだこっちは。ってかそれ昨日の夜に言え」
「……バカ甲斐」
「バカって言う奴がバカなんですー。さっさと食いやがれ」
追い立てられるように食事を終えて、身支度を整える。鏡の前。金髪に青い瞳の、小柄な僕の姿が映る。
いつも思うんだ。これが本当の僕なのかなって。
僕って、何なんだろう。
「ハル。準備できたか」
グレーのスーツ姿の甲斐が隣に映った。あちこちに跳ねた髪の色は赤、瞳はメタリックな金色。派手なのか地味なのかよくわからない。
「……できてるよ。行こう。甲斐は今日は?」
「研究所」
「そう」
僕は肩からカバンを掛け、靴を履いて玄関を出た。甲斐も続く。
**
車の窓の外に流れる景色を見るとはなしに見て、僕はこっそりため息をついた。甲斐はそれを聞いていたらしい、ステレオから僕のお気に入りのプレイリストが流れ出す。
明るい女性ボーカルの声は、今の僕には少し煩く、でもそれが救いでもあった。
**
「ハルくんハルくん! 見たよ!」
教室に入るなり、そう言いながら花音ちゃんが腕を組んできた。花音ちゃんはクラスメイトで一番可愛い女の子だ。悪い気はしない。
「おはよ、花音ちゃん。何を見たって?」
「ハルくんを送って来た人! あの人なのね? お兄さんって」
「うん、まあ」
「かっこよかった! 今度紹介してね!」
花音ちゃんはそれだけ言うと、お仲間の女の子たちの中へ駆けて行った。
**
「ダンバー社の警備ロボットまた暴走したんだってー」
花音ちゃんがネットニュースを見ながらそう言った。ダンバー社からは介護用、警備用のヒューマノイドロボットが開発され、何体か試験運用されていた。
一体めが半年前に暴走し、今月初めにもまた。
ニュースは「ヒューマノイドロボットはまだ人類には早いのではないか」というお年寄りの意見で締め括られていた。
**
学校帰り、いつもと違う道を歩きたくなって、知らない角で曲がってみた。知らない建物、知らないお店でアイスを買い、知らない公園で、ブランコに腰掛けてアイスを食べる。
ふらりと歩いて来た人が隣に座った。背が高くて、前髪が長くて表情がよくわからない男の人だった。
僕は退散しようとして立ち上がった。すると男の人は僕を見上げて、口元に笑みを浮かべた。
風が吹いて、男の人の前髪がふわりと揺れ、その間からやけにぎらつく両目が見えた。
その目に僕は見覚えがあった。
腕を掴まれた。すごい力だ。動けない。
「きみは……」
男の人のしわがれた声がそう言った。僕は逃げ出す術を失って慌てた。男の人は続けて言った。
「『心』が何処にあるか知ってるかい」
僕はゾッとして、男の人の胸あたりを蹴った。掴まれていた腕が離され、僕は一目散に逃げた。
あの男の人の目、甲斐に少し似ていた。
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