貴族の子供たち

 アリスは、8歳の誕生日を境に、いくつかの茶会に呼ばれるようになった。

 ヴィリス帝国では、15歳になると貴族の通う教育機関への入学が義務付けられている。

 そして、その前段階として、おおよそ8歳ごろから子供同士の顔合わせのため、子供を連れてくることが条件の茶会が開かれる。

 それはであって義務ではない。大人同士の交流が中心の茶会に、子連れで参加して子供を早くから社交界にお披露目する貴族家もあるし、子供主体の茶会に参加しないと決める貴族家も少数だがあるにはある。


 育ての母であるブリジットは、8歳を迎えるまでアリスを茶会に伴わなかった。

 明らかに毛色の違う子供である。貴族社会とは、常に他家の動向を伺い、隙があれば入り込んで立場を揺るがそうとする戦場であるから、小さなアリスの心を慮ったのだ。

 アリスは秘されていたとはいえ、教育がされなかったわけではない。むしろ他国へ渡ることが決まっているからか、厳しい教育が施されている。

 アリスは比較対象が兄や姉もしくはシルヴァンしかいないため、当たり前の教育であると思っていたが、ある意味公爵令嬢育っていた。


 教育の過程で、ヴィリス帝国には数多の貴族が存在することは頭ではアリスもわかっていた。

 だが、現実として、目の前にたくさんの子息令嬢がいる茶会の場に、少々気後れした。

 顔には出さないよう教育されていたから、見た目ではわからなかっただろうが、手を繋ぐブリジットにはアリスの緊張が伝わった。


「大丈夫よ、アリス。貴女は公爵令嬢。この中では身分が一番高い子供の一人よ。毅然としていなさい」


 ブリジットの言葉に、アリスは背を伸ばして前を見据えた。

 今日の茶会はさほど大きくはない。ブリジットは高位貴族の集まりである茶会を選んでくれた。それは高位であればあるほど、将来その地位を継いだり、その肩書を持って嫁ぐ子供たち故に、教育はしっかりされているものと判断されるからだ。


 貴族とは、心で思うことを表には出さない教育が施される。ただ、子供の場合は完璧に隠し通せる子などいない。


「お母様、あの子だけ髪の毛の色、おかしいわ」


 アリスを指さして、一人の令嬢が言う。そうすれば他の子たちも一斉にアリスを見た。

 不審げな瞳がアリスを射る。


「わたくしの髪の色の事?」


 アリスは、努めて冷たく聞こえるように、そう答えた。

 無邪気をアリスの髪の色を貶めた子供は、隣の親にしがみ付いた。

 おおよそ、子供の言葉はである。親がそう言っているから、などというのだ。

 子が親に縋ったことで、根源が誰なのかが分かった。


「あら、コロー伯爵夫人。お嬢様ね」


 アリスの横で、ブリジットが子供の親に声を掛けた。コロー伯爵夫人とその令嬢。今日の茶会に伯爵家より低い身分の家は招待されていない。伯爵家ということは、この会ではさほど地位は高くないということだ。

 にこやかに笑う義母のブリジットの横で、アリスは伯爵夫人にしがみ付く子供から視線を外さなかった。

 アリスは、公爵令嬢として教育されている。決して、侮られてはいけない。隙は見せてはならない。外見の違うアリスだからこそ、毅然としていなければならない。アリスは、クラヴェル公爵家の末娘なのだ。


「あ、ありがとうございます。クラヴェル公爵夫人のお嬢様も――」


「おかしな髪色だと思っておられるのでしょう? 今更、可愛いなどと言っていただかなくて結構でしてよ」


 コロー伯爵夫人の言葉を、義母はにこやかな表情は変えぬまま遮った。


「我が娘は、私とは生さぬ仲です。それは皆様もご存じのはずですわ。

 そう、この末娘にはね、隣国の血が入っておりますの。遠縁の辺境伯には昔隣国との縁がありましたから、先祖の血が濃く出たのでしょう」


 広げた扇で口元を隠し、義母は穏やかに、しかし通る声でゆっくりと言葉を発した。

 茶会の場は、しんとなり、義母の言葉を全ての貴族家が聞き耳を立てている。

 視線で縫い留められたコロー伯爵夫人と令嬢はその場から動けない。


 アリスは、義母はこれを待っていたのだと思った。一言でもアリスの容姿を揶揄する者がいれば逃がさずに、今まで秘されていたアリスの人とは違う外見の理由を周知させるために。

 可哀相にコロー伯爵夫人は真っ青だった。もう何も言葉を発することは出来そうにない。

 おそらく、社交界では好き勝手に噂されていたのだろう。そういう噂は枝葉を付けて、事実ではないことまでがまるで本当のことのように大きくなっていく。

 義母は、そういう噂を上手に利用して社交界を生きていく貴族夫人の高位にいる。こうやって、自身が発する言葉で正と偽を織り交ぜた話を社交界に浸透させるのだ。


「クラヴェル公爵夫人、やっとアリス嬢を連れてきてくれたのね」


 真っ青に立ち尽くすコロー伯爵夫人の後ろから、新たな夫人からの声がかかった。

 それは、コロー伯爵夫人の味方だったのか、伯爵夫人の顔が明らかにほっとした空気を宿した。


「ヴァラドン公爵夫人」


 声色に縋る気配を乗せたコロー伯爵夫人の呼びかけに、呼ばれた女性は視線だけを伯爵夫人に投げた。


「貴女の娘は、茶会には早すぎたのではなくて?」


 ヴァラドン公爵夫人はそう言って、コロー伯爵夫人の横を通りすぎ、義母とアリスの元までやってきた。

 その後ろから、柔らかな桃色のドレスを纏った令嬢を伴って。


「久しぶりね、ブリジット。なかなか逢わせてくれないから、待ちくたびれて茶会を開いてしまったわ」

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