出生の秘密
何も知らない子供で居られたのは、8歳までだった。
8歳の誕生日を迎えた後、アリスは両親に呼ばれて、父親の執務室に入った。
今まで子供は入ってはいけない部屋だったから、初めての場所にアリスはドキドキしながら母親の隣に座っていた。
正面の一人用のソファに座った父が、優しい顔で笑った。
「アリス、8歳になったね」
改めて言う父に、アリスは頷いた。昨日、誕生日会をしてみんなに祝ってもらったばかりだ。
父がどうしてそんなことを言うのか、アリスにはよく理解できなかった。
「アリスにね、大事なことを言わないといけないんだ。
でも、一つだけ覚えておいて欲しい。これは、決してアリスの所為じゃない。大人たちの都合なのだよ。
私はアリスが悲しい気持ちになるのが嫌なんだけどね。これからはどうしてもほかの人にも会う時が来る。
その時に、つらい思いをしないために話をする」
穏やかな父の声が、アリスに語りかける。これから話すことはきっと大事なことだ。父の表情からもそれはアリスにも伝わった。
そしてその内容は、アリスが悲しい思いをするかもしれないと父が思っている。それでも伝えなくてはならない大事なこと。
「もし、話を聞いてわたしが泣いたら、慰めてくれますか」
アリスがそう尋ねると、隣の母も、目の前の父も大きく頷いてくれる。
「もちろんよ。いいこと、アリス。
たとえどんなことがあったとしても、わたくしも旦那様も貴女の母であり父よ。それは変わらないわ。
だから、我慢はしなくていいの。泣きたいときはたくさん泣けばいいのよ」
母の言葉を受けて、アリスは顔を上げた。じっと父の顔を見ると、父は小さく頷いた。
「今から話をすることは、我が家の人と、ベシエール公爵家の人以外には話してはいけないよ。たとえ仲が良くても、使用人たちにも行ってはいけない。まずそれは約束できるかい?」
父の声色が一つ低くなる。その言葉にアリスは背筋を伸ばしてしっかりと頷いた。
「アリス、お前は私たちの子ではない。皇太子殿下のお子なのだ。だが、母親はこの国の人ではない。それは、お前の持つ色の特徴を見ればわかってしまうことなのだよ。
アリスは、お前の本当の母親に似ている」
父の言葉が、アリスには遠くに聞こえた。
そんなアリスを現実に引き戻すように、隣に座った母が包み込むようにアリスの小さな手を握った。
自分は、今ここにいる父と母の子ではないという。それもこの国の未来の皇帝の子供だという。
さらには、母親はこの国の人ではないという。
頭の中で繰り返すと、自分の髪と瞳の色が家族の誰とも違うことに合点がいった。
さらに言えば肌の色さえも違う。
「皇太子殿下は、一年だけ、北の隣国に留学されたのだ。その時にお前の母親と知り合った。そして決して落ちてはならない恋をなさった。その時に授かったのがお前なのだよ、アリス」
父はふぅと一つため息をついた。
父の言う皇太子殿下とは、昨年盛大な婚姻式を経て、先ごろ第1子である皇子が産まれたばかりである。皇太子妃は自国の侯爵令嬢。父の話から行けば、アリスの母は、父である皇太子とは婚姻していないことになる。
「わかると思うが、お前の母は皇太子妃ではないよ。あの方はこの国の方だからな。
お前の母親は、北の隣国にいる。すでに別の方と婚姻していて、お前のほかにも子がいる」
母がそっとアリスの頭を撫でた。
ここまでの話だと、アリスには知らない異母弟と異父きょうだいがいることになる。
「8歳になるまで、お前を隠してきた。いや、言い方が悪いな。人前に出せば、必ずいろいろという者がいる。それから守りたかったのだ。
だが、8歳からは、正式に子供たちの集う茶会に誘われる。それもいつまでも断ることはできないだろう。
アリスはほかの貴族の子供たちと交流せねばならない。アリスの外見はこの国では珍しい。養子だと知っている者は多いが、だれが本当の親なのかを知る者はほとんどいない。
他人とはね、わからないことにはいろんな憶測を乗せて噂するものなのだよ。きっとその中にはお前を傷つけるもの多くあるだろう。
その時に、アリスには、噂に飲まれず、前を向いて毅然としていて欲しいのだ」
硬い表情で語っていた父が、不意に目を細めてアリスを見つめた。
そして、いつもの優しい柔らかい笑顔で立ち上がり、アリスの前に膝をついて顔を覗き込んた。
近づいた父の優しい顔に、アリスの目にはジワリと涙が浮かんでしまった。我慢していたのに、あまりに父が優しい顔だったものだから、アリスの砦は決壊してしまったのだ。
「お前は、高貴な血を引き継ぐもの。そして、このクラヴェル家の子。クラヴェルは、皇家からお前を預かったその日に、宝物を得たのだよ。乳母に抱かれて私たちの前に現れたアリスは、本当に綺麗な美しい赤ん坊だった。
それからは私も、ブリジットも、そして子供たちも、みんなアリスに夢中になった。アリスが笑えば、みんなが笑うし、泣けばみんなが狼狽える。
そうして、お前は私たちの掛替えのない大切な家族になった。それは今も、これからもずっと変わらない」
ブリジットと呼ばれた母は、泣き顔になるアリスの肩に手を乗せて、そっと胸に抱きしめてくれた。
「まだわからないことも多いかもしれない。でもアリスには知る権利がある。
これから語ることは、お前の両親の話だ。今後、疑問に思ったり、不安に思うことはいつでも聞くといい。
私の知る限りのことは話そう」
そう言って、父は、アリスの手を握った。
続く父の言葉は、アリスの理解をはるかに超える話で、8歳のアリスには重た過ぎた。
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