第6話 小さな祈り、深い闇


 焚き火の灯りが、小さく揺れていた。

 森の空気は冷たく、乾いている。


 アレンは携帯食を手早く片付けると、焚き火越しにリィナをまっすぐに見つめた。


「リィナ。ひとつ、聞かせてくれ」


 薪を積み直していた少女が手を止め、顔を上げる。

 ピンク色の瞳が、まっすぐにアレンを映した。


「村人は結界の外へ出られないと言っていたな。でも君だけは自由に森を歩き、魔力も吸われず、規格外の力を使っている……その理由が知りたい」


 少しの沈黙のあと、リィナは小さく首を傾げて、ぽつりと語り出した。


「小さいころにわたし、祠に触っちゃったの」

「祠?」

「うん。村の奥の洞窟にあるんだけど、本当は近づいちゃいけなかったの。でも、どうしても見てみたくて、触ったら……封印が、壊れちゃって」


 アレンたちは、固唾を呑んで聞き入った。


「森が、すごく、こわくなった。それで、おとうさんと、おかあさんが……」


 リィナは膝の上で、小さな手をぎゅっと握る。

 それでも、顔は笑っていた。


「おとうさんとおかあさんが、祠を封じなおしてくれたの。代わりに……ふたりとも、いなくなっちゃった」


 カイが目を伏せ、ケイトは静かに息を呑んだ。

 アレンだけが、じっとリィナを見つめ続ける。


「それからずっと、村を守るためにエルザおねえちゃんが祈ってるの。わたしも……なにかできることがしたくて――」


 リィナは、ぱっと花が咲くように笑った。


「だからね! 家族を守る、大切な役目をもらえたんだよ!」


 ぱちり、と焚き火が爆ぜた。

 だが、その言葉に、アレンの胸には小さな棘が刺さった。


――家族?


 村人たちは、リィナに冷たい言葉を浴びせ、石を投げる。

 エルザだけは声をかけていたが、彼女すら本当に心から寄り添っているのか――

 リィナは村の外れの小屋で、たった一人で暮らしている。


 もし彼女の話が事実なら、幼いリィナが封印を破ってしまい、両親がその代償として命を落とした。

 そのとき彼女だけが異能を得て、他の村人は結界の外へ出られなくなった。

 その結果、村人は彼女を恨み、恐れながらも依存している……そういう構図かもしれない。


(……だとしても、腑に落ちない)


 帝国が軍を派遣し森を焼き払うかもしれないと伝えても、村人たちはあまりに無反応だった。

 異常な生態系の中で、幼い少女ひとりに採集を任せて生きながらえているにもかかわらず、彼女に冷酷な態度を取る――合理性がまるでない。


 アレンは思った。

 この村は、共依存のまま滅びを受け入れている。

 そして、リィナだけが理不尽に搾取されている。


 この構図に、どうしようもない不快感がこみ上げてくる。


「……君は、それでいいのか」


 低く、静かに問いかける。


「こんな村に縛られて……滅びをただ待つだけで……それが、本当に君の望みなのか?」


 リィナは、笑った。

 泣きもせず、怒りもせず、ただ――明るく。


「うん。わたしは、ここにいるよ」


 その声は、朝露のように透き通っていた。


「――ふざけるな!」


 アレンの怒声が、森に響いた。

 カイとケイトが驚いて顔を上げ、リィナもぴたりと動きを止める。


「滅びを受け入れる? 君にはそれだけの力があるのに、なぜ運命に逆らおうとしない?!」


 怒りに震える拳を、ぎゅっと握る。


「君は、もっと――」


 だが、言葉はそこで途切れた。

 焚き火の向こうで、リィナがそっと首を横に振っていたからだ。


 その仕草には、怒りも悲しみもなかった。

 ただ――運命を受け入れた者の、静かな諦めだけがあった。


(……やっぱり、おかしい)


 アレンの胸の奥で、正体の見えない黒いもやが形を持ち始める。

 この森に入って以来ずっと抱いていた違和感が、今にも実体になりそうな気配をまとっていた。


 だが、まだはっきりと掴めない。


 焚き火の炎は、夜の闇の中で弱々しく揺れていた。

 まるで、消えかけた命のように。

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