かわいいぼくら

千子

第1話 一年生の時の話

僕は、ずっと“可愛い”に恋してきた。

だけど“男の子だから”って、その恋は否定され続けてきた。

昔から、可愛いものが好きだった。

母の化粧道具は幼い頃に見たあの時、僕に衝撃を与えた。

同じ幼稚園に通う女の子たちも可愛い。

お母さんや保育士さんも可愛い。

エプロンのアップリケも可愛い。

でも、どんなに頼んでも僕には許されなかった。

「男の子でしょ」

そんな言葉で僕は可愛さから離された。


でも、多様性を謳われる時代。

僕はお化粧をして学校へ行っている。

今日は気になるコスメの発売日だから忘れずにデパートへ寄らなくちゃ!

気合を入れてメイクをする。

宣伝で見た時から気になっていた可愛いパッケージ。

あそこは品質も確かだし、買っちゃおうかな。

でもバイトのお給料日前だしな。

そんな嬉々とした気持ちは自室を出て階下へ降りると萎えていく。

「またお化粧なんてしているの?綾部高校が私服可能な自由な高校でも、なにか言われない?大丈夫?」

心配そうな振りをして、これはやめてほしいという母のサインだ。

「男の子なのに」「せっかく男児を産んだのに」「もっと格好良くなれるのに」

そんな言葉が裏に隠れている。

「大丈夫だよ。綾部の先生にも許可をもらったし」

そう。それが僕が綾部高校を選んだ理由。

自由な校風。

黙々と朝食を食べる両親と僕の間に会話はない。

早く一人暮らししたい。

それが僕の最近の頭を占めることだった。


学校は好きだ。

誰も何も言わない。

女子からは可愛いって、言われるしコスメの話で盛り上がったりする。

時々、男子に揶揄われたりもするけれど、そんなのは相手にしない。

だって、そんなの相手にするだけ無駄だから。

それに綾部の生徒は基本的に他人にそんなに干渉しない。

自由で平和な校風だ。

そんな日常だけど、僕には特に気になる女の子がいる。

恋愛感情とかじゃなくて、顔の造形がすっごく可愛い隣の組の村崎さんだ。

あんなに可愛いのにお化粧をしていないんだって。

いいなぁ。女の子は。

いや、女の子が必ずしもお化粧する必要はないんだけれど。

お化粧を楽しむ女の子もいるけれど、村崎さんくらい可愛ければ必要ないだろう。

……少し、話をしてみたいな。

そう思っていたら、チャンスは意外と早く訪れた。

村崎さんが校内にいる野良猫に餌をやっていたんだ。

「村崎さん。校内にいる野良猫に餌をあげたら住み着いちゃうからあげないでって先生達も注意していたじゃん」

「バレたか…」

なんて言いながらも引っ張り出した餌皿に餌を盛り付けていく。

猫はガツガツ食べると村崎さんに擦り寄った。

村崎さんが抱え上げると、頬を舌で撫でる。

「もしかして、村崎さんがお化粧をしないのって猫が舐めるから?」

「それもあるけど、めんどいじゃん」

「面倒くさくないよ!村崎さんくらいの素地があるならもっと、もっと可愛くなれるのに!」

「そもそも、その可愛いに興味がないんだよね」

「そんな…!」

もったいない!

「村崎さん!ぜひメイクをさせて!」

「いいよ、自分の顔でやってなよ」

「もうやってるから言っているんじゃん!」

押し問答をした末に僕は村崎さんに口で勝てないことを悟った。

「……今日のチーク、ほんとはもっと薄くしたかったんだけど、時間なくて」

「へぇ、そういうのも考えてやるんだ」

僕はこくりと頷いた。

「猫、自分のうちじゃ飼えないの?」

「うち、マンションだから」

猫の背を撫でながらも答えてくれる。

村崎さん、クールで格好いいと思っていたけど猫の面倒を見たり僕の相手をちゃんとしてくれて優しいんだな。

でも、やっぱり彼女の顔をお化粧してみたい。

そんな気持ちを持ったまま一年が過ぎて、僕達は二年生になった。

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