レンタルお父さん★
「こちら、本日お父さんを演じさせていただきます、田中と申します」
玄関先に立っていたのは、くたびれたスーツを着た、人の良さそうな、しかしどこか寂しげな目をした中年男性だった。ウェブサイトの写真より、だいぶ疲れて見える。
この人が、私の娘、結衣の「一日だけのお父さん」らしかった。
運動会が始まると、田中さんは不器用ながらも懸命に父親を演じてくれた。
二人三脚では派手に転んで笑いを誘い、私が作ったいびつな卵焼きを「世界一美味しい」と頬張った。その姿に、人見知りの激しい結衣がすっかり懐き、彼の隣を離れようとしない。
偽りの家族ごっこ。そう割り切っていたはずなのに、その光景を見ていると、私の胸にも温かいものが込み上げてくる。
帰り道、公園で休憩していると、結衣が田中さんに尋ねた。
「おじちゃん、また会える?」
その問いに、田中さんは一瞬、息を詰まらせた。そして、とても悲しそうな顔で、「ごめんね。これは、お仕事だから」とだけ答えた。その横顔は、ただの演技には見えなかった。
契約の時間が来て、田中さんは何度も深々と頭を下げて去っていった。
結衣は、その日はじめて、わっと声を上げて泣いた。
数日後、レンタル会社から一通の封筒が届いた。サービスのアンケートだろう。開封すると、一枚の紙がひらりと落ちた。それは、田中さんのプロフィールが書かれたものだった。
写真の横に、小さな文字で、こう追記されていた。
『お客様へ。先日、父親代わりをさせていただいた田中です。
実は私には、先だって天国へ旅立った娘がおりました。
生前、その子が「運動会でお父さんと一緒に走りたい」と、ずっと話しておりました。
今回、皆様のおかげで、田中は娘との約束を果たすことができました。
心より感謝申し上げます』
――あの日の彼の笑顔が、フラッシュバックする。
彼が見ていたのは、結衣ではなかったのだ。
彼は、結衣の向こうに、天国にいる自分の娘の姿を重ねていたのだ。
涙が止まらなかった。
あの日、私たちは、確かに三人で「家族」だったのだ。
(了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます