第3話 古地図
翌朝。美崎と進藤は、登記所で用事を済ませると、町の図書館へ向かった。
進藤が手際よく古い住宅地図や古地図の閲覧手続を行い、ガラガラの閲覧室に持って来た。
「不動産売買で土地の由来を調べることが多くてな。学生時代よりも図書館を活用してるぜ」
進藤がそう言って笑いながら、閲覧室の机に地図を開いて並べた。
「美崎のおばあさんの家って、ほんと昔からあの場所なんだな。まさにポツンと一軒家って奴だ」
進藤が地図を遡りながら呟いた。
「お、ようやく神社が出てきた。これ、江戸時代よりも古いんじゃないか?」
進藤が古地図を眺めながら言った。美崎も横から覗き込む。
古地図には、山の中腹に「比売大神様」と記されており、そのすぐ山側に、「ミサキ」と書かれていた。
「おお、美崎の家発見!」
「こんな大昔から僕のご先祖様はここに住んでたのかあ」
「ここまで昔から同じ場所に住んでるのは珍しいかもな。でも、お前の家、農民だったんだろ? 何で名字が書いてあるんだ?」
「あだ名だったとか?」
「どうなんだろうな」
進藤がそう言いながらスマホを手に取った。
「へえ、比売大神って『ヒメオオカミ』って読むらしい。女神のことなんだって」
「ふうん。じゃあ、おばあちゃんの家の前にあった祠は女神様なんだね」
「家の目と鼻の先に女神様か。どんな神様なんだろな」
進藤が分厚い郷土史の本を手に取り、調べ始めた。
「……おっ、載ってたぞ。『霊験
「へえ、何で建て直されたんだろ?」
「さあな。見られるのが嫌だったのかな。祟りを恐れたとか?」
「もう、怖いこと言わないでよ、今はその神様の祠がおばあちゃんの家の目の前で向かい合ってるんだから」
「ははは、冗談だよ、冗談。さて、この後はお坊さんのところに挨拶だったっけ?」
「うん。おばあちゃんのお葬式でお世話になったからね。一応顔を出しておこうかと」
「せっかくだし、家のこととか色々聞いてみたらどうだ? もしかすると、『お前達、アレを見たんか!』とか言って怒られるかもしれないけど」
それを聞いた美崎は、思わず笑ってしまった。つられて進藤も笑う。おかげで、近くを通りかかった司書に咳払いをされてしまった。
† † †
美崎の祖母の葬儀の際にお世話になった住職のお寺は、祖母の家の隣だった。ただ、隣といっても車で10分ほどの距離があったが。
「ああ、美崎さん家のお孫さんか。遠方からわざわざ挨拶に来られるとは。今時珍しく礼儀正しい若者じゃな」
高齢の住職がニコニコ笑顔で2人を迎えてくれた。2人は客間に通され、お茶と金平糖が出された。
客間の障子は開け放たれ、縁側の向こうに小さな庭池が見えた。外から入る涼風が心地好い。
「だいぶ落ち着かれましたかな?」
「ええ、お蔭様で。昨日は祖母の家を見て来ました。ただ、少し気になることが……」
美崎は、ドキドキしながら祖母の家のことを住職に説明した。
「ふむ……私は何度も美崎さんの家にお経を上げに行ったことはあるが、そういう木札や鬼の面は見たことがないなあ」
住職が首を傾げながらそう言った。進藤が少し残念そうな顔をして言った。
「ご住職がお越しになる際は隠していたのかなあ……でも何故そんなことをしたんでしょう」
それを聞いた住職が、少し考えてから口を開いた。
「もしかすると、『清きに魚も棲みかねて』ということかもしれんな……」
「清きに魚も?」
「まったくの推測じゃがな。美崎家は代々神社の管理を任され、神社の、すなわち神域の中で暮らしてきた」
住職が、庭池の方を眺めた。
「うちの庭池では鯉を飼っているんじゃが、水を入れ替える際に水道水をそのまま入れると、鯉が体調を崩すことがある。人間にとって安全・清潔な水道水が、鯉にとってはそうでない場合があるんじゃ」
庭池の鯉が跳ね、ぱしゃん、と音を立てた。
「神域とは、神様の居心地の良い清浄な場所。果たして、そこは人間にとって居心地の良い場所じゃろうか……」
「そうか! 神域をわざと
住職の話を聞いていた進藤が、突然大きな声を上げた。驚く美崎に、進藤が興奮した様子で言った。
「美崎のご先祖様が住んでいた土地は、神様の過ごしやすい清浄な地。それは、人間にとって住みにくい、
「でも、どうしてそんな住みにくい場所に、そんな苦労をしてまで住み続けたんだろう?」
「それは……確かにどうしてなんだ?」
美崎の素朴な疑問に、進藤は言葉を詰まらせた。
その様子を眺めながらお茶を飲んでいた住職が、湯呑みを机に置くと、ポツリと言った。
「町の皆のためかもしれんな……」
「え?」
住職が、悲しそうな顔で美崎を見つめた。
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