第16話 腐敗した評議会

 影学園の訓練室。

「集中しろ!」

 鷹野零の鋭い声が響いた。陽と零は特別訓練セッションを行っていた。

「一度に2つの物を見るんだ」零は指示した。

「俺が作る空間分断の内側と外側、両方に注意を向けろ」

 何度も試しても、陽は2つの空間を同時に観察することができなかった。


「今日はここまでだ」零はセッションを終えた。

「焦るな。誰もが最初から完璧にできるわけではない」

 これは零からの珍しい励ましだった。

「ありがとう」陽は素直に礼を言った。

「でも、なぜ僕にこんな訓練を?」


 零は窓の外を見た。

「侵食者との戦いは一対一の単純な構図ではない。複雑な状況で判断を迫られる。その時、視野を広く持てるかどうかが生死を分ける」

「経験から来る言葉?」

 零は僅かに頷いた。

「俺の両親は7年前、侵食点の暴走事故で命を落とした。当時の境界委員会は複数の侵食点を同時に監視できなかった」

「それで……僕の父さんと関係があるの?」

「高城理人は優秀な研究者だった。彼の理論があれば、あの事故は防げたかもしれない。でも、彼は失踪した」

「だから僕に敵意を?」

「敵意ではない」零は首を振った。

「疑念だ。なぜあのタイミングで失踪したのか。そして、なぜ『影帝』が同時に現れたのか」

 陽は答えられなかった。彼自身も同じ疑問を抱いていた。


 ◇


 翌日、3人は森下教授の研究室に集まった。

「これが読み取り装置なのか?」零がテーブルの上の機械を指さした。

「ああ、古いタイプのメモリーカードリーダーだよ」教授は頷いた。

 陽はメモリーカードを装置に差し込んだ。パスワードを要求される。


 誕生日や記念日を試したが不正解だった。

 陽はふと左手首のブレスレットを見た。そして、ブレスレットの裏側に刻まれた小さな刻印を思い出した――『VERITAS』

 ラテン語で「真実」を意味する言葉。彼はそれを入力した。


 画面が変わり、大量のデータが表示され始めた。

「成功した!」葵が声を上げた。


 データは複雑な研究記録だった。そしてその中に一つのテキストファイルがあった。「陽へ」というタイトルのファイル。

 陽は緊張しながらそれを開いた。


『陽へ

 もしこれを読んでいるなら、君は既に「真実顕現」の力に目覚めているはずだ。それは私の血を引く証だ。

 私が姿を消した理由を説明する時間はない。ただ、これだけは知っておいてほしい。評議会は腐敗している。彼らは「境界結晶」を使って自らの命と力を延ばしている。その結晶は、優れた境界力を持つ学生から強制的に抽出されるものだ。

 私はこの真実を知り、対抗するために行動した。詳細は安全のために書けない。だが、いつか必ず真実を明かす時が来る。

 君の「真実顕現」は、私の「真偽操作」の源流だ。その力を信じろ。そして、色だけでなく「形」として真実を視る段階に進めば、評議会の幻術も見破れるだろう。

 必ず再会する。それまで強く、賢くあれ。

 父より』


 陽の手が震えた。父からの直接のメッセージ。

「評議会が……」陽は言葉を失った。

「これは重大だ」教授は深刻な表情で言った。

「評議会による境界結晶の不正利用について、私も噂は聞いていたが、確証はなかった」

「でも、なぜ対抗するために姿を消す必要があったんだ?」零が疑問を呈した。

「公表すれば良かったのでは」

「そう単純ではないだろう」教授は首を振った。

「評議会は強大な権力を持っている。正面から対抗すれば、潰されていただろう」


「父は……評議会の外から戦うことを選んだんだ」陽はゆっくりと理解した。

「外から?」葵が鋭く質問した。「つまり……」

 全員が同じことを考えていた。高城理人が「影帝」になった可能性。

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