第4話 真実を視る力

 放課後の図書室。

 蛍光灯の淡い光の下、陽は約束通り葵を待っていた。時計の針が5時を指す。


「遅れてごめんなさい」

 葵が息を切らせながら現れた。

「準備に時間がかかったわ」

「準備?」

「これ」

 葵は小さな装置を取り出した。懐中時計のように見えるが、文字盤の代わりに青と緑の線が交差していた。

「境界感応器よ。これであなたの素質を調べる」


「ちょっと待ってよ」陽は少し後ずさった。

「その前に、まず証拠を見せてほしい。影学園が実在するという」

 葵は少し考え、頷いた。

「公平な要求ね。じゃあ、ついてきて」


 彼女は陽を図書室から連れ出し、旧校舎へと向かった。午後の日差しの中、100年以上の歴史を持つ赤レンガの校舎が威厳を持って立っている。


「昨日あなたが見たのは、3階の北側の窓よね?」

 葵が確認した。

「ああ」陽は頷いた。


 彼らは旧校舎に入り、階段を上った。3階に着くと、葵は北側の廊下を進み、突き当りの扉の前で立ち止まった。そこには「倉庫・関係者以外立入禁止」と書かれた札がかかっていた。

「ここ?」

「ええ」葵は頷き、鍵を取り出した。

「学園側からはこの鍵を預かっているの。図書委員としての特権よ」


 扉を開けると、そこは確かに古い倉庫だった。使われなくなった机や椅子、古い教材が積み上げられている。窓からは校庭が見渡せた。

「で?」陽は首を傾げた。

「ここが影学園なの?」


「違う」葵は扉を閉め、部屋の中央に立った。

「ここは境界が最も薄い場所の1つ。だから、こうすれば……」

 彼女は右耳のピアスに触れ、小さく何かを呟いた。すると突然、部屋の空気が歪み始めた。壁や床が波打ち、光の屈折が変化する。


 陽は息を呑んだ。目の前で現実が溶け、再構築されていく。

 数秒後、彼らが立っていたのは、もはや倉庫ではなかった。同じ空間、同じ大きさだが、そこは美しく整えられた教室に変わっていた。黒板の代わりに大きな透明スクリーンがあり、机には奇妙な装置が並んでいる。窓の向こうに見える校庭は同じだが、空の色が僅かに違った――より深い青だった。


「ここが……影学園?」

 陽は信じられない光景に言葉を失った。

「そう」葵は頷いた。

「私たちは今、境界を越えたわ。この空間は桜ヶ丘学園と同じ場所に存在するけれど、別の次元にあるの」


 陽はゆっくりと教室内を歩き回った。手で机に触れると、確かに実体がある。幻覚ではない。

「信じられない……」

「あなたにこの教室が見えたのは偶然じゃないわ」

 葵は説明した。

「あなたの中に眠る素質が、境界の向こう側を感知したのよ」


「じゃあ、本当に僕は……素質者?」

「それを確認するために、これを使うわ」

 葵は境界感応器を陽に差し出した。

「手のひらに乗せて、心を落ち着かせて」

 陽は言われた通りにした。装置を手に取ると、中の青と緑の線が動き始めた。そして突然、装置が明るく光り、高い音を発した。


 葵の瞳が驚きで見開かれた。

「信じられない……」

「何? 何があったの?」

「通常、初めての測定ではわずかな反応しか示さないはずなのに」

 葵は装置を見つめながら言った。

「あなたの反応値は……私が今まで見た中で最も高いわ」


 陽は混乱しながらも、奇妙な興奮を感じていた。これが本当なら、彼の中には特別な何かがあるということだ。そして、それは父から受け継いだものかもしれない。

「どういう意味?」

「あなたには強力な境界力の素質があるってこと」

 葵は真剣な表情で言った。

「そして、それは既に目覚め始めている」


「境界力?」

「境界の揺らぎを感知し、操作する能力よ」

 葵は説明した。

「素質者の中でも、実際に境界力に目覚める者は稀。あなたのお父さんもその1人だった」

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