第五章 辺境の聖女、その誕生

 カイル様の保護のもと、私は自分の力を試してみる決心をしました。最初は、彼が個人的に依頼するという形を取ってくれました。村人たちの前で、大々的に力をひけらかすのは、まだ怖かったからです。

「まずは、この井戸を浄化してみてくれないか」

 カイル様に案内されたのは、村の外れにある古い井戸でした。水は濁り、微かな瘴気の匂いがします。村人たちはこの水を飲むのを諦め、遠くの川まで水を汲みに行っているとのことでした。

 私は井戸の縁に立ち、深呼吸を一つ。そして、あの時のように、水が清らかになることを強くイメージしながら、両手を水面にかざしました。

『清らかになれ』

 すると、私の体から再び金色の光が放たれ、井戸水の中へと吸い込まれていきます。濁っていた水が、光に照らされて渦を巻き、みるみるうちに透き通っていくのが見えました。瘴気の嫌な匂いも、すっかり消えています。

「……すごいな」

 隣で見ていたカイル様が、感嘆の声を漏らしました。彼はすぐに桶で水を汲み上げ、一口飲みます。

「ああ。雑味のない、清冽な水だ。これなら問題ない」

 その言葉に、私はほっと胸をなでおろしました。成功したんだ……。

 次なる依頼は、村の畑でした。瘴気の影響で痩せ細り、ほとんど作物が育たなくなってしまった、見捨てられた畑です。私は畑の中央に立ち、今度は大地そのものに力が届くように、と祈りました。

 私の体から放たれた光が、パァッと畑全体に広がっていきます。乾いてひび割れていた土が、まるで呼吸を再開したかのように、ふっくらと潤っていくのが分かりました。そして、信じられないことが起こります。

 枯れた作物の根元から、新しい緑の芽が、次々と顔を出したのです。それはまるで、早送りの映像を見ているかのようでした。

「これは……奇跡だ」

 カイル様も、彼の部下の騎士たちも、言葉を失ってその光景を見つめていました。

 井戸が清らかになったこと、そして枯れた畑に作物が実り始めたことは、すぐに村中に知れ渡りました。最初は半信半疑だった村人たちも、実際に生まれ変わった井戸水と畑を目の当たりにして、驚きと喜びに沸きました。

「聖女様だ!」

「本物の聖女様が、この村に来てくださったんだ!」

 昨日まで私を「追放者」と呼んでいた村人たちが、今は目を輝かせて、私を「辺境の聖女様」と呼びます。彼らは深々と頭を下げ、心からの感謝を伝えてくれました。

「ありがとうございます、聖女様!」

「これで、子供たちに腹いっぱい食べさせてやれる……」

 差し出された手を、私は戸惑いながらも握り返しました。人の役に立つということ。誰かに心から感謝されるということ。王都では決して得られなかったその温かな感情が、私の凍り付いていた心を、ゆっくりと溶かしていくのを感じました。

 これが、私の居場所。私が、いてもいい場所。

 隣で静かに私を見守るカイル様の優しい視線を感じながら、私は初めて、心からの笑顔を浮かべることができたのです。

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