第43話 2人の駆け引き
私、マーシャルは東屋の方を見た。
クレア様とアイゼル様が抱き合っていたい。
2人っきりにした時は何か不穏な空気が流れていた気がしたけど……。
「ふふ、アイゼル様、幸せそう」
コリン様がクッキーを手に持って嬉しそうに言う。
「そうだな」
ダリル様が表情は硬いけど、とても優しく響く声で答える。
「クレア様も良かったです〜」
ミアさんはジッと2人を見つめながら、涙を流さんばかりに感激しているのに、手元は正確にお茶やお菓子を並べている。
すごい!
ギリアム様がだけが少し複雑そうな顔で、だけど微笑んでいた。
私もすっかり2人の仲睦まじく神々しいまでの美しさに見惚れてしまう。
やっぱり、とてもお似合いだわ。
張り詰めていた胸にとても暖かい気持ちが溢れて来る。
クレア様と話して、ルークの事件と私の過去に繋がりがあると確信したけれど、クレア様にははぐらかされてしまった。
いえ……、言えば重大な事になるからと、猶予を頂いたのだ。
クレア様は、ルークと話した後にもう一度、話を聞いて下さると仰った。
私とルークも、あんな風になれたら……。
東屋に目をやると、運命の2人がまだ戯れている。
「流石に日が暮れる」
そうギリアム様が立ち上がるまで、夢のような時間が続いた。
◆◇◆
アイゼルの部屋に、私、クレアは、また戻って来た。
長椅子の上でアイゼルとまた抱き合ってキスしてる。
6年間を埋めるには全然足りないけど……。
まだ、この6年間のすれ違いを埋める訳にはいかない!
「アイゼル、待って!」
そう言って、私は勢いよくアイゼルをつき飛ばす。
けど、アイゼルの身体は全然動かなくて、反動で私が後ろに倒れそうになる。
気付くと私はまたアイゼルの腕の中にいた。
「クレア?」
私の顔を心配そうに覗き込むアイゼルに、自分の力の無さが恥ずかしくてムッとした言い方をしてしまう。
「や・め・て」
『クレアちゃんはすぐ怒る』
そう言ったアイゼルの言葉を思い出す。
子供の頃もわたしはそうだったのかな?
ずっと私は怒りっぽいところなんてなかったんだけど。
アイゼルに甘えてる自分が恥ずかしいけど嬉しい。
本当の夫婦になれたんだなって感じがする。
……いや、違う。
本当の夫婦には赤ちゃんは必要だけど……、私とアイゼルは……。
「私、アイゼルと一緒には居れないわ……」
「え?」
私がつぶやくとアイゼルが驚いた。
「……どうして?」
とても真剣な目でアイゼルが聞く。
「だって……、赤ちゃんがいたら……狙われちゃうし……、それは、可哀想……」
アイゼルの眼を見ないで、しどろもどろでやっと言う。
アイゼルは実は皇帝の弟で、その血筋をずっと狙われて、辺境伯の次男としてこの城砦に隠れ住んでいる。
私が昨夜、ルークに狙われたのもアイゼルの子を身籠もっていると思われたから。
こんな状況で赤ちゃんが出来るような事は出来ないの。
「なんだ……、そんな事か」
アイゼルがホッとした様につぶやく。
「僕も同じ気持ちだよ、クレア」
優しく微笑んでアイゼルが言う。
私は安堵がこみ上げて、我慢していた衝動が爆発する。
アイゼルに抱きつきたい。
アイゼルにキスしたい。
アイゼル、大好き。
飛びついた私に、今度はちゃんと押し倒されたアイゼルが、私の胸の下で暴れてる。
構わずキスして、
「大好き」
って囁いてまたキスする。
「ま、待って、クレアちゃん」
アイゼルがそう言って私の身体を自分から引き剥がす。
◆◇◆
「どうして? アイゼルはずっと私にキスしてたのに!」
僕から引き離されて長椅子に行儀良く座らされたクレアが抗議の声を上げた。
そう言われた返す言葉もないけど、僕の身にもなって欲しい。
なんだか子供の頃に戻ったクレアが、素直な愛情を全開にして想像を吹き飛ばす破壊力で迫って来る。
6年間解放できなかった衝動の一部をやっと解放できた僕には刺激が強すぎる。
触れられただけで満足だったのに、クレアの魅力がそこに止まらせてくれない。
いっそ無になれた方が楽なのに……。
「ル、ルークの事だけど!」
僕が言うと一瞬でクレアちゃんは、儚げで聡明な見慣れた大人の顔になる。
この表情も彼女の魅力を引き立てる。
どんな彼女も僕を止めてはくれない。
◆◇◆
「……ルークには会いたいの。操られていた事は知ってるから、私の事は気にしないで欲しいって……、ん、伝えたい……って、アイゼル!」
私が話しているとアイゼルにいつの間にか抱きしめられてた。
アイゼルの胸から顔を上げると、微笑みながら私の話を聞いてるアイゼル。
私はダメなのにアイゼルは良いなんてズルいって思ったけど。
アイゼルの好きな様に触られてるのも心地いいかもしれない。
私がうっとりしていると、アイゼルが口を開く。
「ルークには君が何を言っても無駄かもしれない……」
予想外の事を言われてハッとする。
被害者の私が気にして無いって言うんだもの、覚えていなければ、ルークだって自然に忘れるはずだわ。
覚えていなければ、身に覚えが一切無く当惑しているだけだもの。
「まさか——」
私はアイゼルから逃れて、彼を見つめて息を呑んだ。
「ルークは、覚えているの━━!?」
「ああ……」
アイゼルの瞳が陰り同情の色を帯びている。
アイゼルに触れている自分の手が震えているのに気づいた。
「クレア……」
アイゼルは優しく私を包もうとしてくれるけど、
「ち、違うの! これはルークが怖いんじゃないの!」
アイゼルから離れて自分で自分の震える身体を抱きしめる。
「……あの恐怖を覚えてる人がいると思ったら、
怖くなったの。……逃げても、追い詰められて、捕まって……、アイゼルが助けてくれなかったら、私……」
アイゼルも思い出したのか苦痛の表情を浮かべる。
「……ルークも、いえ、ルークはもっと辛い気持ちで見ていたのね……」
マーシャルの顔も浮かぶ。
昨日の昼間は幸せそうだった2人の後ろ姿が、とても遠くに行ってしまったみたい。
せめて、アイゼルにはこの震えを感じて欲しくない。
ルークのせいだって誤解されたら2人の幸せを邪魔してしまうかもしれない。
「ルークとマーシャルの事か」
けれど、アイゼルは私を震えごと抱きしめる。
「分かってるよ。クレアが2人を心配している事は。僕だってルークが悪いとは思っていないよ。マーシャルともすぐ会える様にする」
「本当?」
アイゼルの言葉ってに少しだけ元気が湧いた。
私の喜びように少しアイゼルは驚いているようだった。
「どうして君がそこまでルークとマーシャルを気にするのか分からないな」
ただの呟きだったけど、私の心は少し痛んだ。
私がこの本の転生者で、マーシャルがあなたの本当のヒロインだから。
これは——
「——絶対に言えない秘密か」
アイゼルがそう言って少し笑った。
「僕はもう君を信じるだけだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます