第33話 宿をとる

 魔法使協会の塔を去りながら、ジェイクは聞いた。


「――フィンデールのことを見て、何か思い出したりしましたか?」


「いえ、何も」


 私は首を振る。


「そうですか――彼は、マリーネ様と特別親しくしていたわけでは、ないですものね」


「フィンデール様は一緒に旅をしていたわけではないの?」


「フィンは魔法使協会の役員ですから。指示役ですね」


「でも、あなたとは親しかったみたいね」


「そうですね。【魔界の扉】を閉める旅の合間は、魔法使協会に帰還し、滞在したりしておりましたから。それに、――マリーネ様は、聖女様でしたから、旅に出ている時以外は、神殿にお籠りになって、祈りを捧げていらっしゃることが多かったので、あまり周りの方とお話されていた記憶はありません」


「そうなの……」


 そういう話を聞くと、私の前世だという【聖女様】のマリーネはとても寂しいような感じがしてしまう。確かに、帝国にいるような、教会の大本山の聖職者の人たちは、俗世と離れた生活をしているイメージはあるけれど。


「ここは、帝国の外れです。――明日は、マリーネ様と私の出身の村――今は、街になっているでしょうか――に行きたいと思います。今日は宿をとりましょう」


 ジェイクは町の灯りが見える場所へ降下した。


「へえ、宝石商の方ですか――元竜騎士様の」


 食事を済ませ、高級そうな宿に入ると、ご主人がフィンデール様の書いてくれた通行証をしげしげと眺めて相好を崩した。宿に泊まるのは初めてだから、私は回りをきょろきょろと見回してしまった。そうしていたら、ジェイクが肩をたたいて、階段を指さした。


「こっちだ、エリス」


 ご主人が部屋を案内してくれようとしてくれるらしい――けど、ちょっと待って。

 私は少し驚いて、ジェイクを見た。

 「お嬢様」でも「エリス様」でも「マリーネ様」でもなく、名前を呼ばれたのは初めてだ。

 ジェイクは申し訳なさそうな顔で、「こっちだ」と再度私を促した。

 

 ――そうよね、『行商の夫婦』という設定だものね。

 男女二人で旅して回るのなら、夫婦という設定が一番わかりやすいし、余計な憶測をされず、受け入れられやすい。


「待って、旦那様」


 私はまんざらでもなくそう言うと、先を行くジェイクの腕に抱き着いた。


 ***


「――申し訳ございません、他に部屋が空いておらず。ベッドはお使いくださいね」


 ――けれど、部屋に入った途端、いつものジェイクに戻ってしまった。


 高級そうな部屋。――でも、ベッドは大きなものが一つ。


「もっと、安い部屋でもよかったのに――でも、」


 私はちらりとジェイクを見上げる。


「あなたはどこで寝るの?だって、あなたの方が疲れているでしょう? 私はクワトロに乗せてもらっていただけだし」


「いえ、そういうわけには」


 ジェイクの脇でクワトロが部屋に収まる程度の大きな姿になった。その羽をめくって、ジェイクは荷物を取り出した。クワトロの体は小さくなったり大きくなったりしているのに、本当に、元と変わらない大きさの荷物が出てくる。――異空間にでも転送されているのかしら。不思議だけれど、便利だわ。


 私はジェイクに近寄ると手を取って彼を見つめた。


「それに――私は、一緒でも全然、構わないけれど」


 ジェイクは一瞬驚いた顔をすると、視線を泳がせた。


「……私は、クワトロに寄りかかって寝ますので。最近は屋敷でもそうして寝ております」 


「屋敷でも? そうなの?」


「その方が、落ち着きますので……」


 「そうだ」とでも言うように、クワトロが鳴いた。


「どうやって寝るの?」


「このような感じですね。クワトロ」


 ジェイクに呼び掛けられると、クワトロは器用に羽を背中全体を覆うように畳んだ。

 そこにジェイクは寄りかかった。

 クワトロの羽は身体のようなごつごつした鱗ではなく、膜のようなものでできているので、カバーをかけたソファのように見える。なかなか居心地が良さそうだ。


「――私もちょっと、一緒にそこに横になってみてもいい?」


「構いませんよ」


 クワトロも「いいよ」という風に返事をしてくれたので、ジェイクが立ち上がる前に彼の横に転がると、腕を掴んだ。クワトロの柔らかい羽が体を包み込んでくれて、ごつごつしか質感はまったくない。折りたたまれた羽が重なっているからか、高級なソファに包まれているような気持ちだ。


「確かに、すごく居心地がいいわ」


「お嬢様」


「いいじゃない。昔は、よくこうやってお話をしてくれたわ」


 私は口を尖らせた。

 家庭教師の講義から抜け出して庭や屋敷の屋根裏などに隠れていると、ジェイクは必ず見つけにきてくれた。

 彼に構ってもらいたくて『戻りたくない』と駄々をこねると、横に腰掛けていろいろと話をしてくれた。

 オーウェン様との婚約がはっきり決まってからは、小さな子どもではなくなった私は、使用人のジェイクとそんなに親密にするべきではないと気づいて、見つけてもらったらすぐに戻る程度には我慢していたけれど。


 ごろりと彼の腕に寄りかかって顔を見上げると、ジェイクは困ったように頭を掻いた。 


「それは――十年は、前のことです」


「久しぶりに、いいじゃない?」


「先日は、子ども扱いしないでほしいとおっしゃっておりましたが」


「それはそれ、これはこれよ」


 ジェイクはしばらく考え込んだ後、諦めたように私の頭を撫でた。

 私は紅潮する顔を押さえた。たぶん、昔の名残で無意識でやっているわ、この人は。


「寝る時は、ベッドを使ってくださいね」


「ええ。――これだったら、屋外で寝るのでも、随分快適でしょうね」


 話を変えると、ジェイクは「そうですね」と頷いた。


「そうですね。ルーカスだった頃は、ずっとこのように寝ておりました」


「竜騎士と竜って、本当にずっと一緒にいるのね」


「はい。ずっと一緒にいることで同調シンクロ率を高めて、自分の身体のように空を飛ぶことができるのです」


 これを機に、気になることを聞いてしまおう。


「あなたが同調できるのは、クワトロだけなの?」


「クワトロの親族竜であれば、ある程度は可能ですが、クワトロほどは難しいですね」


「前にも親族竜って言っていたけれど、クワトロにも家族がいるの?」


「竜騎士が使役する竜は、魔界にいる実体がない、霊体に近い竜ですので、父親、母親のような家族はおりません。群れといったほうがよいでしょうか。クワトロは火を司る炎竜ですが、力の強い竜をトップに、一群をつくるのです。――つまり、相手を打ち負かした方が親というか」


「クワトロは、強いのね」


「もともとは一番下っ端のはぐれ竜でしたが、一緒に他の竜を打ち負かして、炎竜の群れの長になりましたね」


 ジェイクは面白そうに笑った。


「お嬢様は、聞きたいことがたくさんあるのですね」


「だって、私、あなたのことを全然知らないのだもの」


 私はジェイクを見上げた。


「あなたは、私のことを何でも知っているでしょうけど。――あなたも、私に聞きたいことがあったら、聞いてね」


「……」


「思いついたら、何でも聞いてね……」


 クワトロの翼はほのかに温かいし、よりかかっているジェイクの腕は良い。

 そう言いながら、ぼんやりと意識が遠のいていく。


 ――昔もこうだった。

 ジェイクのいろいろな話をしてもらっていると、西日が気持ちよくて、気づいたら寝てしまって。ジェイクは私が起きるまで、そのまま動かずにいてくれたっけ。

 

 はっと目を開けると、窓から朝日が差し込んでいた。

 私はベッドに横になり、きちんと布団をかぶっていた。


「ジェイク!」


 部屋の中で姿を探すと、彼は床に寝そべって寝息を立てるクワトロの上に横になって、竜と同じリズムで寝息を立てていた。 


「……寝ているわ」


 私は少し驚いてその様子をしげしげと眺めた。

 ジェイクは朝早く起きて、屋敷の仕事をしているので、彼が寝ている姿を見るのは、正直なところ初めてだった。


「疲れているわよね」


 私は横になると、彼の髪を撫でた。


「いつも、ありがとう」


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