第30話 【魔界の門】

 それからしばらく、両親にも認めてもらって婚約したといっても変わらない生活の中、私とジェイクは、国王様に呼ばれた。


 ジェイクが竜で飛び込んできた場所の修理を終えた謁見えっけんの間に立つ。国王様の隣に立ったマーティン様は「やあ」と私たちを見て微笑んだ。


「エリス、君とジェイクの話はお父上から聞いたよ。おめでとう」


「ありがとうございます」


「恐れ入ります」


「顔を上げてくれ。君は僕の命の恩人なんだから。そんなにかしこまらないでほしい」


 マーティン様はジェイクの顔を上げさせると、国王様と顔を見合わせた。


「――君の力を貸してもらう必要があるかもしれないので、今回、君たちを呼んだんだ」


 国王様は頷くと、神妙な表情で話し始めた。


「――北の辺境地で、闇の魔力が濃くなっているようだ」


「闇の魔力……!」


 ジェイクがぴくりと眉を動かした。


「【魔界の門】が開く可能性があるかもしれない、といことですか」


 何のこと?

 頭に疑問符を浮かべて首を傾げていると、それを察したジェイクが解説してくれた。


「【魔界の門】というのは、魔物の住まう魔界とこの世をつなぐ入口のことです。これが開くと、そこには魔物が溢れます。百年前、魔族は世界のいたるところに【魔界の門】を開き、人の世を破壊しようとしました。――魔王討伐隊、――前世の私とマリーネ様たちは、この各地の門を閉じる旅をしていました」


「魔王は、滅んだのでしょう?」


「はい」とジェイクは頷く。


「しかし、魔王が死んでしばらくしてからも、残党が【魔界の門】を開いてしまうことが、稀にありまして、私はその残党との争いの中で結局死んだのですが」


「ここ十数年は新しい【魔界の門】が開かれたという報告は聞いていない。ただ、これだけの闇の魔力の濃さだと、開く可能性があるようなのだ。――よって、帝国に支援要求を出した」


 帝国は海の向こうにある大国だ。ジェイクと、記憶はないけど私の前世の出身国でもある。

 魔法使いがたくさんいて、竜を駆る竜騎士が国を守る、物語の舞台のような国。 


「魔法使いか、竜騎士団が様子を見にきてくれるそうだから、心配はないと思うのだが。エルシニアはもともと魔物がそれほど多くない土地であるし、何故、いまさら【魔界の門】が作られたのか検討がつかず。一連の事件のあとのこの件なので、何かお前たちに関りがあるかもしれないと思ったのだが、思い当たることはあるか?」


「もしかしたら、お嬢様が聖魔法の力を取り戻したことと関係が、あるかもしれません」


 ジェイクは考え込むような表情で呟いた。


「そうなの?」


「聖魔法というのは、魔物にとって、最大の脅威ですから。――魔王を滅ぼした【聖女】の力が人の世に戻ったことを察知した可能性があるのかもしれません。早いうちに、その力を潰しておこうと」


「――私が、狙われてるということ?」


 ジェイクはこくりと頷いた。

 私は首を傾げる。


「――あなたではなく? だって、あなたの方がよほど強いじゃない? だって、私ができることなんて、数人の人を治すことくらい……」


「それは、私が使うような『破壊するための力』よりも、よほどすごいことなのです、お嬢様」


 ジェイクは私を見据えると、力強く言った。


「相手を攻撃し、破壊させるような力は、魔族の持つ力と同じです。そのような力を使う魔法使いや竜騎士は、魔族に近い存在ともいえるのかもしれません。――しかし、人を癒し、魔の力を浄化する聖魔法は、魔族が決して使うことのできない、正反対の力なのです」


 そうなの……? よほどジェイクの方がすごいと思うけれど。

 国王様がジェイクの手を取った。


「帝国に支援要請は出したが、随時、南の辺境地の監視は必要になる。魔物が多数出た場合、貴殿に協力いただく必要があると思うので、心づもりをしておいていただきたい」


「――もちろんです」


 ジェイクは深々と頭を下げた。


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