第2話 「まだ、希望はあるわ」

 瞬く間に広場は大混乱に包まれて、警備兵が倒れたマーティン様を抱えて――アリエッタ様を連れて、奥へと消えて行った。


 パーティーは解散、招待客はそれぞれ自分の屋敷へ戻ることになった。

 私たち家族は屋敷に戻っても、ドレス姿のまま客間で頭を抱えていた。


「――お茶を淹れました。お飲みください」


 ジェイクが温かい紅茶を淹れてくれたけれど、口をつける気にはなれなかった。


(マーティン様……ご無事で)


 私は両手を組んで祈った。

 お父様は部屋の中を歩き回りながら、不安そうに呟いていた。


「どうして――私たちの贈り物のワインを飲んで、あんなことに」


 その時だ。


「旦那様! 王宮から使いが……!」


 慌てたような声でメイドが部屋に飛び込んでくる。

 その後ろから、ざっざっざっと重たい足音が響いた。

 甲冑姿の兵士が何人も室内に入ってきた。先頭の一人が私を見つめて言った。


「エリス=ハウゼン、お前を王太子殺害未遂容疑で連行する」


 ――何を言われているのか、全く理解ができなかった。


「私……が、マーティン様を殺そうとした、と。そうおっしゃるのですか?」


「白々しい」


「どうして? そんなことをする理由がありません!」


「弟のオーウェン様を王太子とするために、兄であるマーティン様が邪魔だったのだろう」


「そんな……!?」


「王妃となるため、お前はマーティン様を殺害しようとした」

 

 私の腕を兵士が掴む。

 

「エリス!」


「旦那様!」


 お父様が兵士を静止しようと飛び出して、ジェイクがそれを止めた。


「オーウェン様に会わせてください! 私がそんなことするはずないと……オーウェン様ならわかるはずです!!」


 叫びながら身をよじる。「かしゃり」と音がして、腕に重さを感じた。

 見ると枷がつけられていた。

 兵士はそのまま家畜を引きずるようにずるずると私を引っ張った。


「エリス!」

「お姉さま!!」


 お父様、お母様、そして小さな弟が私を呼ぶ声が遠くに聞こえた。


 ◇


 王宮に連れて行かれ、そのまま放り込まれたのは、王宮の地下にある牢だ パーティー用のドレスのまま、手枷をつけられたまま、土埃にまみれた床に転がされる。


「私は! 何も知りません!!」


 大声を張り上げるが、兵士はそのまま鉄格子の扉を閉めた。


「――白状しないと、一生そこにいることになるぞ」


 冷たい声だけが、暗い牢に響いた。


 ――それからどれくらい時間が経っただろうか。

 食事も持ち込まれず、誰も訪れず、私は暗い室内に一人きりにされた。


 ショックで空腹は感じなかったけれど、喉の渇きがひどかった。


 ――泣かなきゃ良かったかしら。


 私はぐずっと鼻をすすった。それでも頬を水がつたう。

 水分がなくなってしまう……。流れた涙を舌でなめると塩辛かった。

 何でこんなことになってしまったのかしら。


「『殺害未遂』って言ってたわよね……」


 私は兵士の言葉を思い出して呟いた。

 ということは、マーティン様はまだ生きているということだ。


 「まだ、希望はあるわ」


 身体を起こして呟いた。

 私は何もしていないもの。

 オーウェン様や、マーティン様、それにアリエッタ様にはそれがわかるはずだもの。


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