第2話 本当と嘘の愛

 重い足で学校に向かう。メイは委員会があるとのことで朝早くから私を置いて学校に行ってしまった。追いかけようと思ったが眠気がそれを許さなかった。


 信号で青信号を待っている間、スマホで時間を確認する。時刻は七時五十五分。このままアクシデントがなければ予鈴が鳴る丁度に教室に着く。


 教室に長居はしたくない。友達もいないし仲が良い人もいない。そんなところにいても苦痛なだけである。


 校門を潜り自分の靴箱を開ける。開けたと同時に靴箱から紙のようなものがヒラヒラと宙を舞いながら地面に落ちた。


 腰を下ろしその紙を拾ってみる。その紙はよく見てみると手紙のような構造をしていた。手紙の封を開け中を確認してみる。


 手紙には少しの文章が綴られている。


忌部いんべライさん。僕はあなたのことがずっと好きでした。手紙という形で伝えてしまい申し訳ございません。もしよろしければ本日放課後、屋上に来てもらえないでしょうか?返事は必要ありません」


「ラブレター…か」


 誰がどう見ても分かるラブレターが入っていた。普通の女子高生なら、この手紙に喜んだりはたまた気持ち悪がったりするのだろう。でも私にはそんなことできない。


 私は小中学生の時このようなラブレターを何度ももらったことがある。だが全部が嘘の告白。私をいじめっ子グループが待機している場所に呼び出して嘲笑う。


 これを何度も経験してきたし、私を好きになる人物などメイ以外にいない。だからこれもどうせ嘘告白だと割り切っている。


 ただこれのめんどくさいところは無視すると余計に事態が悪化する点だ。なんで昨日来なかったんだ、自惚れるなよ、と酷く言われたものだ。事を早く済ませたいなら素直に向かうのが一番である。


「…めんどくさ」


 メイと一緒に登校できなかったというストレスマックスの中、嘘告白。気分が朝から最悪だ。


「急ご…」


 貰った手紙を乱雑にポケットに突っ込み教室に少し急ぎながら向かう。


 今日も憂鬱な日々が始まる。


⭐︎⭐︎⭐︎


「はいじゃーそういう事だから気をつけて帰れよー」


 担任のどうでもいい自己啓発本をぬるま湯で薄めたような自分語りがやっと終わり放課後が訪れた。


「……はぁ」


 思い足取りで席から立ち上がり教室を後にする。


 どうせ揶揄われる。何度も言うが、今日は憂鬱だ。


⭐︎⭐︎⭐︎


 四階まであがり屋上へと続くドアに手をかけた。嘘告白には慣れているが、この瞬間はいつも緊張する。寒いのに冷や汗が止まらない。


「……っ!」


 ウジウジしていられないと思いドアを開ける。冬の風が顔と足に直撃し室内の何倍もの寒さを味わう。


 前に目を向けるとそこには一人の男子生徒が立っていた。落ち着いていないのか立っているだけなのに動きが激しい。


「あっ…ライさん…こんにち…は」


「えっと…あなたがあの手紙を?」


「うん…まあ、そう」


 この人は確か隣のクラスの男子だった気がする。名前は全く思い出せない。


「それでなに?イタズラなら早く帰りたいんだけど」


 朝からストレスが溜まっている私は少し強めに聞いてしまった。だがまあ、関わりが全くない男子なのだから別にいいだろう。私にはメイがいるし。


「あ、ごめん…単刀直入に言います。ずっと前から…ライさんのことが好きでした…!僕と付き合ってください!」


「…それ本気?」


 なぜだろうか。この男子からは冗談ではなく本気の告白をしているかのように見える。だが私を好きになるというのはおかしい。どうせこれも巧妙な演技なはずだ。


「本気です!ずっと、ずっと前から!」


「…あっそう…でもごめん。あなたとは付き合えません」


「…っ、あはは〜そうだよね〜急にそんなこと言われても…ねぇ…?」


「もう帰っていい?」


 嘘告白の一番の対処方法はこんな感じで雑に振り雑に会話すること。こうすれば向こうも面白くないと思いすぐに辞めてくれる。自然とこのテクニックを身につけてしまった。


「えっ!ちょ…!待ってよ!」


「なに?」


「その…理由だけでも…」


 しつこい。あまりにしつこい。この男はどこまで私をイラつかせるのだろうか。


 嘘告白だったら普通にめんどくさいし、本当の告白でも興味がこれっぽっちもない相手からの告白もめんどくさいだけ。


「理由?そもそもあなたに興味がないし、私にはメイがいるから」


「メイって…あの?妹の…?」


「それがどうしたの?姉妹で悪い?」


 この男はまた私に逆鱗に触れる。妹と愛を誓って何が悪いのだろうか。何も与えられなかった私たちがお互いに愛を与え合うことの何がおかしいのか。おかしいのは世界の方なのに。


「別にそんな…悪いとかじゃ…」


「…じゃあもう帰るね」


「ま、まって!せめて連絡先だけでも…!」


「迷惑。もう、私たちには関わらないで」


 この男が隣のB組ならメイと同じクラスである。こんな男とメイが関わってはいけない。


 私は早歩きで靴箱まで向かい帰路に着く。早く家に辿り着くように走る。息が切れても関係なく。走る。走る。

 走っているのに家に着くまでの時間はいつもより長く感じた。


「ぜえはぁ…はぁ…はぁ…」


 息を整えて家のドアを開ける。屋上のドアの時とは違い気持ちが楽だった。


「あ、おかえり〜おねぇちゃん!」


「…ただいま…メイ」


「あれ?どうしたのおねぇちゃん?なんか元気な…って!」


 私はズルズルと地面と足で摩擦力を生みメイのところまで向かう。十分距離が掴めてきたところで私はメイの胸に顔を沈める。


「えへへ〜今日はどうしたの?甘えんぼさんなのかな?」


「…疲れた」


 無意識のうちに涙が溢れ出てくる。


「今日また…二年ぶりくらいだけど…嘘告白されて…ぐすっ…それで…それでぇ!」


「うん…うん…大変だったねおねぇちゃん。でもよくがんばったよ。おねぇちゃんはすごいよ」


 メイは優しく私を受け止めてくれる。どんなに私が醜くても突き放したりしない。


「ちなみにだけど…そのおねぇちゃんに告白したのは誰かわかる?」


「名前はわかんないけど…多分B組で…背が私たちより高くて…髪はパーマみたいな感じの…」


「あーわかった。あいつね。辛いのに教えてくれてありがとうねおねぇちゃん。後は任せてよ」


「後…って?」


「まあまあ!それはどうでもいいよ!そんなことより今日はおねぇちゃんの好きなお好み焼きだよ!」


「え!?本当に!嬉しい!ありがとうメイ!」


 自分でもチョロいという自覚はあるが、メイが優しいのだから仕方ない。私の頭を撫でていた手を離し今度は手を握る。


「さ!もうできてるから温かいうちに食べよ!」


「う…うん!食べよ!」


 そのままリビングのテーブルに連れて行かれた。


 メイのさっきの言葉を思い出す。後は任せて…何を意味している言葉なのかわからないが、メイが言うのだからきっと正しいことなのだろう。きっとそうだ。


 ご飯を食べてしばらくした後メイは外に行ってしまった。約一時間が経過したのちやっとメイは帰ってきた。


「ただいま〜おねぇちゃん!」


 大きめの黒いゴミ袋を片手に持ちながら。





 

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