魔法学園で教師をやっている悪役貴族に転生した俺は、破滅フラグの悪役令嬢にただ一人手を差し伸べる

あおきりょうま

第1話 悪役教師、ヴァン・レインに転生してしまう……。

 〝正しい事〟が嫌いだった。


 俺は三十年生きてきたが、過ちを犯さずに生きてきた人間に出会ったことがない。


 みんな何かしらの罪を犯して生きていた。人の良さそうな校長は寄付金を横領していたし、自分にも他人にも厳しい教頭は家ではDVをしていた。学生時代だって誰にでも優しいクラスのマドンナは五股ごまたをしていたし、クラスの頼れるリーダーのイケメンもカンニングをして停学になっていた。

 完璧なモノなんてない。

 それなのに完璧なモノを押し付けてくる清く正しい社会が嫌いだった。清廉潔白な職業が嫌いだった。

 だから、教師になんて———二度となるかと思った。




 気が付くと石壁の部屋にいた。

 そこは研究室らしく、怪しげな緑の液体が入ったフラスコがコポコポと泡を立てて何とも言えない奇妙な匂いを部屋の中に充満させていた。フラスコの下には小指ほどのサイズの薪木の上に炎が灯っており、その周囲を小さなレンガで囲んでいる。

 昼だというのにカーテンはしまっており隙間から陽光が差し込む。そのわずかな日光を壁一面の棚の上の鉢植えたちが求めるように葉を伸ばす。

 ふと、手元にある本を見る。


「『未』みたいな文字に……、『F』みたいな文字……なんだこりゃ全然読めん……」


 ———『魔法薬草学』。


 いや……読める。読めた。

 全く見たことがない未知の文字が表紙に書かれているのにそれを俺は読むことができた。そのことにまず驚く。そして遅れて本のタイトルが『魔法薬草学・三学年生用教本』とフルで書かれていることに気が付き、これが教科書であるとわかりまた驚く。

 そして遅れて状況を察する。

 この研究室らしき場所にいるのは自分一人。他の人間はいない。そして等身が低くなった様子もなく、自らの手を見下ろすと壮年らしく血管が浮き出ている。少なくとも十代の手ではない。

 嫌な予感がして顔に手を当てる。

 自分の顔じゃない。

 三十年馴染んだ俺の顔では明らかにない。皺が深くなり、タレ目になり鼻が鉤鼻かぎばなになっている。それに視界の端にチラチラと自分の髪が見え、それがワカメのようにウェーブがかったロン毛だった。

 この部屋には鏡がある。

 だけど見たくない。

 全身が映る姿見すがたみの前に立つ勇気がない。

 だけど立たなければ先へは進めない。

 だって目を閉じたところで、いつもの見慣れた天井は目の前に広がらなかったんだから。

 頬をつねってみたところで夢から覚めることはなく、フラスコの中の薬の匂いがつんと鼻につくだけだったのだから。

 ない勇気を振り絞って姿見の前に立ち全身を映し出す。


「ブサイ……クでもないけど……イケメン……でもない……でも……結構歳いってる……」


 オッサン……とも言いづらい。

 三十代前半ぐらいの陰気な顔がそこに映っていた。


「ってそれだけなら前世の俺やないかい! ……誰に対して突っ込んでんだ、俺」


 少年漫画のキャラクターじゃないんだから……もう独り言やめよう。

 だがそれにしても陰気な顔だ。じめっとした湿度を感じるこの世の全てを恨んでいるかのような顔。そのくせ身なりはきっちりしており、皺ひとつないパリッとしたシャツの首元をループタイでピッと締め、汚れの一切ない黒いローブを肩から下げて、腰には二十センチほどの杖をベルトホルダーに入れている。

 ……ん? 杖にローブ?

 そんな装備を身に着けている者なんて……魔法使いみたいだ。

 魔法? 

 そう言えばそこから辿っていくと、この顔を何だか見覚えがあるような……。

 首を捻る。


「あ~~~~~~~~~‼」


 思い出す。


「こいつ昔流行った乙女ゲー『ウィザードプリンスさま♪』の敵キャラクターじゃねぇか!」


 って結局独り言いっとるやないかい。

 だがそんなことはどうでもいい。

 状況を整理することが大事だ。


「つまりなんだ。俺はゲーム世界に転生したってことか⁉ それも昔オタクたちの間で珍しく大ブームになった女性コンテンツの〝歌って踊って魔法も使える王子様達♪〟の『ウィザードプリンスさま♪』の世界にか⁉ 何で乙女ゲーム⁉ どうせならハーレムギャルゲーがよかったよ! それに———!」


 姿見に向かってビシッと指をさす。


「こいつその中で主人公に嫌味な嫌がらせを繰り返す悪役じゃん! エリート主義者で庶民の主人公ヒロイン男キャラヒーローを差別して虐め抜く悪役貴族で、しかも———!」


 ぐるりと周囲を見渡す。明らかに学園の研究室で、俺がその管理を任されている雰囲気。


「———教師!」


 そう、このキャラクターは悪役貴族であり、


「アルヴィス魔法学園・魔法薬草学教員、ヴァン・レイン!」


 教師でもある。

 そして俺の前世も———、


「———また……教師ッッッ!」


 やってらんない。


 高校教師やってて責任はひたすら背負わされるのに報われることは何一つなくて恩をあだで返される職業なのは痛いほどわかっている。わかってしまっている。


「うん。やる気出ない! 悪役貴族の役割ロールも魔法教師の義務デューティー知らねー」


 適当に生きよう。

 なんならとっとと問題起してクビになろう。

 一応このキャラクターは悪役〝貴族〟なんだし、学園を去ることに成っても実家に泣きつけば何とか生きて行けるだろう。


 前職———教師。


 転生後の職も———教師。


 そんな正しいことを求められる存在にまたなるなんて、前前前世ぜんぜんぜんせの俺は何か悪い事でもしたんか? 


 人、いや神でも殺してねーとここまで呪われた転生はしねーぞ……。

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