第11話:平和な日常と、彼女の願い。

 北の山脈での魔族討伐戦が終わり、街に平和が訪れた。

 響夜きょうやの活躍はギルド内で高く評価され、噂は瞬く間に街中に広まっていった。

 ギルド長の瑠華るかとカインズの計らいにより、予想外に多くの報酬が討伐隊に分配された。


 数日後、響夜はティアをギルド本部の施設内にある小さな喫茶店へと誘った。

 初めて出会った時に借りた靴の代金や、初期装備のお金を返すためだった。


「あの…キョウヤ。私、あの戦いでは足手まといで……本当にごめんなさい」


 対面に座ったティアが、俯きがちに謝罪の言葉を口にした。

 響夜きょうやは慌てて首を振る。


「足手まといって…そんなこと…。ティアは充分貢献してたじゃないか」

「でも…!」


 ティアは顔を上げ、きゅっと唇を結んだ。

 その瞳には、強い光が宿っている。


「……私、魔法が得意とされているエルフ族なのに、初級魔法しか使えないんです。だから、弓や剣技を磨いて、それを補おうと必死でした。でも、全然……」


 語るうちに、ティアの声に悔しさがにじむ。


「だからキョウヤ!私に剣を…剣を教えてほしい!」

「…!」


 響夜きょうやは、そんなティアの真剣な眼差しに気圧された。

 ティアのひたむきな姿に、響夜の胸には微かな申し訳なさがよぎる。


(自分は何の努力もしていない。…この世界に転移して、たまたま『力』を授かっただけだ。そんな自分が、ティアに何かを教えるなんて……)


 心の中でそんなことを思いながら、響夜はポツリと呟いた。


「……俺は…ティアが思ってるほどの人間じゃないよ」

「そんなこと……!」


 ティアが言い返そうとしたが、響夜きょうやの表情に、深く目を伏せるような辛そうな影が差したのを見て、言葉を飲み込んだ。

 彼女みたく、努力も何も無い。

 たまたま手に入れたこの『力』で、彼女に対して、何が返せるか。

 響夜は、後ろめたさを、心の底に押し込んで、静かに口を開いた。


「……俺は…そうだな。ただの我流だし、大した力にはなれないと思うけど…。…それが君への恩返しになるなら……協力させてくれる?」


 響夜の言葉に、ティアの表情が驚愕から歓喜へと変わる。

 ティアは勢いよく身を乗り出すと、響夜の手を両手で包み込み、左右に大きく首を振った。


「恩返しなんて!そんな風に思わないで、キョウヤ!貴方にはもう、充分過ぎるぐらい、たくさん返してもらったわ!……だから…!」

「……うん」

「ありがとう! キョウヤ!」


 嬉しそうに何度も感謝を繰り返すティアに、響夜は照れくさそうに笑みを零した。

 二人の間に流れる空気は、優しく、穏やかだった。


 * * *


 喫茶店を出てギルドの廊下を歩いていると、慌ただしい足音が近づいてきた。


「いたいた! 探したよ二人とも!」


 そう叫びながら、コハクがバタバタと駆け寄ってくる。

 その時、足を滑らせる。


「にゃっ?!」


 転びそうになったコハクに、響夜きょうやはすかさず手を伸ばし、彼女の体を支えた。


「…っと。大丈夫? コハク」

「ふえっ?!! あっ…、あああありがとうございます、キョウヤさん!」


 コハクは真っ赤な顔をして、バッと慌てたように後ろに下がった。

 響夜はそんな彼女の反応に、少し首を傾げる。


「…それでコハク。私たちに何か用なの?探してたって……」

「あっ! そうそう! ギルド長がお二人の事、探していました!」

「……瑠華るか様が?」

「なんだろ? 報告書なら提出したけど?」


 首を傾げながら、響夜はコハクに促されるまま、ティアと共にギルド長の部屋へと向かった。

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